いきなりだが、俺、佐山流星(さやま りゅうせい)には彼女がいる。
その彼女の名前は、原川夏実(はらかわ なつみ)。
とんでもない…爆弾娘だ。
「流ちゃーん!」
…ああ、早速だ。
いくら放課後一緒に帰る約束してたからって、まだ人の多い廊下で…。
「…その呼び名、止めろっ!」
…俺のことを「流ちゃん」なんて呼ぶのは、幼なじみ兼恋人の、夏実しかいない。
だから…よく、からかわれるんだよ、男友達に。
今だって、周囲の奴ら皆ニヤニヤしてるし…。
それを気にせずに堂々としていられるほど、俺の神経は図太くない。
「えー、なんで流ちゃんって呼んだらダメなの?好きなのに…。」
「…ばか。」
鈍感で天然も入ってる夏実の言葉を聞き、俺は彼女の頭を軽く叩いた。
…俺に、「流ちゃんは照れるし、周りに対して恥ずかしいから止めろ」なんて説明しろと?
自分でいうのもなんだが、俺はプライド高いし、他から言わせれば「俺様」らしい。
でも夏実は、そんなの全然分かってなくて…。
つかさりげなく、「好きなのに」なんて言うなよな。
俺自身のことなのか、呼び名のことなのか、分かんなくてモヤモヤしちゃうだろ。
「好き」って単語が夏実の口から出てくるたび、密かに反応してしまう俺なんだから…尚更だよ。
俺と夏実が付き合い始めて、まだ1ヶ月もたっていない。
幼なじみとしての付き合いは…生まれた時から高2まで、つまり17年間なわけだけど。
小さい頃から沢山遊んで、一緒に思い出を作ってきた俺達。
中学生になった頃から…俺は、夏実への態度を変えるようになってしまった。
その理由は、人懐こい夏実が煩わしくなったとか、決してそういうことじゃない。
俺の夏実への感情に、特別な想いが…恋心が含まれていることに、気づいてしまったから。
いや、小学生の時から、夏実は俺が守るんだとか当たり前に思ってたし、誰かが夏実のことを好きらしいとか聞いた時は、かなり焦ってた。
でも中学に上がったら、どうしようもなく夏実に惚れてる自覚が出てきて…。
そのとたん、どう接したら良いか分からなくなった。
突然素っ気ない態度をとるようになった俺を、夏実はどう思っていたんだろう。
夏実を避けることさえした俺は、きっと彼女を沢山傷つけた。
当の夏実はというと…最初はお構いなく接して来たが、少しずつ、俺から離れていった。
やがてどこかですれ違っても、視線が交わることさえ無くなり…
俺達の10年以上の絆は、薄れていってしまったんだ。
近いからこそ、伝えられなかった…
こんな関係だからこそ、二度と届かない想いだと思っていた。
でも…
夏実は、そんな風には思っていなかった。
あれは…先月の、放課後のこと。
その日は、俺がバスケ部として活動している隣…つまり、半分に仕切った体育館のもう一方で、夏実の所属しているバドミントン部が活動していた。
だけれど、俺は夏実を見ないように意識していたから、目が合うことはない。
…休憩の時間になり、俺は顔を洗いたくて体育館を出た。
それで、1人で廊下を歩いていた時に…
夏実が、急にぶつかってきたんだっけな。
後ろから急に、体当たりしてきて…
…ぎゅっと、俺に抱きついた。
『な…!?』
さすがの俺も、パニくった。
夏実の声を聞くまでは、誰が抱きついているかさえ分からなかったし…。
『流ちゃん…私、流ちゃんに、なにかしちゃったかなあ?』
頼りなげな、愛しい声。
控えめに俺のシャツを掴む白い手は、震えていた。
『…流ちゃん、中学生になってから、私のこと避けてる…。』
『…それはっ…。』
『大事な幼なじみなのにっ…このまま離れるの、嫌だよ~…。』
…夏実の奴、泣いてる?
好きな奴を、俺は泣かせてるのか…。
それを痛感した瞬間、俺の中で何かが動いた。
『…夏実、俺は…。』
俺は体の向きを変えて、夏実と向かい合った。
夏実は、慌てて零れた涙を拭う。
その手を掴んで…
俺は、夏実の唇を奪った。
『……………!?』
驚きのあまり、声も出さずに固まる夏実。
俺は、その赤く染まった頬に、勝手に後押しされた。
『夏実、俺、お前のこと…大好きだ。』
『…え……。』
いや、ダメだ、鈍感バカにはこれじゃ足りない。
逃げ出したくなる衝動を必死でこらえながら、俺は夏実を真っ直ぐに見た。
『…幼なじみとしてだけじゃなくて…恋愛の方だよ。
好きすぎて、どーしたら良いか分からなくなって、それでお前を…避けるようになった。』
俺の中では精一杯の告白。
俺が言い終わった途端に、夏実の体の力が抜けた。
地べたにへたり込もうとした体を、慌てて支える。
素直にしがみついて来た夏実の口からは、安堵の声が漏れた。
『…よ…良かったあ…
嫌われてたんじゃ、なかったんだね…。』