“葵へ
もうそろそろあたし、そっちには行けなくなる。
葵は理由が分かってるから口止めしなくても言わないとは思うけど、一応。
絶対に、言わないで。お願い。
時間かかるから、寺島の家に長い間帰れなくなるかもだけど、葵なら大丈夫よね?
それじゃあ、喧嘩ばっかりしないようにね”
“寺島へ
あたし、明日からあんたのとこ行って、ご飯とか作れなくなるかも。
しかもしばらくは無理。
でも別に2度と帰ってこないわけじゃない。
ただ少し時間はかかるから、ここにちょっと帰ってこれなくなるけど。
あと用があるのなら会社に来て、会社には行ってるから。
それと、詮索はしないで。
葵に聞いても、何も言わないはずだから。
それじゃあ、仕事頑張って”
...________
_____………
「戻ってくる気は無いのか?」
「私は、私たちに戻る気はないです」
バンッ
「お前たちは分かってない!
この会社は...」
「言ったでしょう?
分かる、分からないじゃない。私は貴方の会社が嫌いだと」
「...それはどんなに自分に利益があっても変わらないのか?」
「もちろんです」
...。
「諦めないからな、絶対」
……どんな手を使ってでも、跡継ぎはお前たちどちらかにする。
「精々、頑張って下さい」
...___さん
「…疲れた」
「...大丈夫か?」
あの手紙を書いた日から数日。
“用事”を済ませるために毎日寝る時間も惜しんで働いているあたしは、肉体面も精神面もズタズタだった。
...思っていた以上に疲れた。
あの人に会うのは、やっぱり好かない。
苦手だし、嫌いだから。
「今日は早めに上がったら?」
よっぽどそんなあたしの顔色が酷いのか、さっきから希が横でうるさい。
...話しかけられるとただでさえ痛い頭が...。
ガンガンしていた頭の感覚がだんだん薄れていく。
「舞弥?......弥!!」
「...だい、じょぶ...」
あれ、おっかしいな。
あたし、さっきまでパソコンに向かってたのに...。
体のあちこちに感じる痛みと、視界いっぱいに広がる黒。
あぁ、あたし、倒れたんだ。
呑気にそう呟いたあと、意識が途切れた。
「舞弥!!」
パッタリ、目の前で倒れた友達に駆け寄る。
最近一気にやつれて、目の下にも化粧で隠してるけど隠しきれないほどの隈を作ってる舞弥。
なんで、こんなになるまで1人で頑張るんだよ。
せめて事情を知ってる俺にでも、助けを求めてくれたら...っ!!
倒れたままの舞弥の手を握る。
「希!何してんだ!
さっさと瀬崎を救護室に運べ!!」
「あ...はい!」
そうだ、俺。何してんだろ。
同僚の声に急いで軽すぎる舞弥の体を抱き上げ、救護室に向かう。
「...お前、瀬崎の家のこと知ってんだろ」
「...はい」
救護室には郷下先輩がいて、俺は目だけを先輩に向けると舞弥をゆっくりベッドに寝かした。
「なら、なんで止めなかった?」
こんなにやつれてたら、無理してることくらい分かっただろ。
心配そうにしてるこの人は、いつも舞弥を使いまわしながらもちゃんと舞弥の実力を分かっている人だ。
「...先輩なら、分かったんじゃないですか?」
「何を」
「止めたって、無駄だってこと」
「止めたって無駄だとは、決まってないだろ」
「無駄なんですよ、分かってるんです」
「なんでそんな言い方をする?!
大事な奴なんだろ?友達なんだって笑って言ってただろ?!」
「仕方ないんですよ!!」
ガンッ
体調が悪い奴が側にいるのに、感情が昂った俺は側にある机を殴る。
仕方、ないんだ。
「いつも、いつも。止めてましたよ。
でも笑うんですよ、」
“あたしは倒れたって、何度でも起き上がれる。心配しないで。”って
「笑う?」
複雑に歪んだ郷下先輩の顔は、あの頃の俺の顔をそのまま映したよう。
...あの言葉を聞いたのも、これぐらいの季節だった。
いつも一緒にいる俺は言ったんだ。
今みたいに顔色が悪い舞弥に。
「...笑って、大丈夫だって言って。
フラフラして、大丈夫じゃなさそうなのに」
「それなら、止めれるかもしれないだろ」
「それは、舞弥の顔を見ても言えますか?」
今は綺麗に閉じられたあの目に捕われてから、俺はこいつの側にずっといて、舞弥のことも分かっているつもりだった。
だけど、あんな、顔。目は知らない。
まるで別人のようだったあの舞弥の目を見ると、何も言えなくなる。
「…少し、頭を冷やせ」
「...そんなに熱くなってませんよ、俺は」
「...じゃあ、俺の方が頭冷やすかな」
何も話さなくなった俺はじっと舞弥を見る。
そんな俺の頭を力強く撫でた郷下先輩も、俺と同じような気持ちになってるのだろうか。
静かに閉められたドアに一度目をやってから、また舞弥に戻した。
「...頼むから、誰か、」
スルっと撫でた舞弥の頬はすごく柔らかくて、何度も撫でる。
つぅ――――...
そんな頬を静かに舞弥の涙が伝う。
「舞弥...」
そっと涙を拭うために一度離していた手を頬に戻す。
バタバタバタ......バンッ
「舞弥!!!」
「姉貴!!!!」
......?
あいつの意味の分からない置き手紙を、勝手に帰ったらしいあいつを送った奴から貰った。
それは葵もらしく、貰った手紙に目を通すとくしゃくしゃに丸めてポケットにしまった。
なんだろうと思い俺も紙を開く。
目を通してすぐ、紙を持つ手に力が入る。
暫くここに来れない...?
ぐっと眉間に皺が寄ったのが、自分でもわかる。
「若、姐さんなんて?」
「...暫く、ここには来れないそうだ」
「そう、ですか」
そう言った全員が同じ顔をして残念がる。
まぁ、こいつらなんだかんだ懐いてたし。
それに飯も不味くはないからな。
「なら、これは味わって食べなきゃだな」
「だな。
いつもがっつくだけがっついてるから」
そんな会話を聞いて、自分の目の前に並べられた飯を見る。
白い湯気が出ている自分の好物。
...なんで、手紙だけ残していくんだよ。
手紙を置いて、ハンバーグを口に放り込む。
「...美味い」
その時だけ、いつもは素直になれない自分の口から素直な言葉がでた。
「…なぁ、本当に何も教えてくれないのか?」
「...だから、いつも言ってるけどなんで教えなきゃいけないわけ」
次の日から、俺は朝と帰宅後に葵に絡んでは理由を聞き出そうとしていた。
手紙で聞くなと言われても、気になるものは仕方がない。
そんなことを続けて、今日で四日目だ。
「はぁ、そんなに気なるんだったら会社まで行けばいいじゃん」
「...迷惑になるだろ」
「こんなときに気を使ってどうするんだよ」
それも、そうだが。
...くそ、あの女のことが絡んだら自分のペースが崩れる。
はっきりしない自分に腹が立ってきた。
...よし。
「一緒にお前も行くぞ」
「...別にいいけど?」
「はっお前も姉貴に会いたいのか?
シスコン」
「あんたみたいなヘタレにだけは言われたくないな」
「...。」
いつもの調子を出そうと葵をからかってみたが、どうも上手くいかなかった。
と、取りあえず。
「車用意しろ」
「分かりました」
側にいる奴に声をかけて、車を用意させる。
寒い中、バイクでなんて行ってられるか。
それから直ぐに用意された車に、2人で乗り込む。
「...初めてお前を車に乗せたときみたいだな」
「嬉しくない言葉をどうも」
「...お前ら本当、姉弟でそっくりだな」
それだけ話した俺は車に乗って直ぐに外をじっと見つめる。
葵はあの時よりは成長したのだろうか。
「...褒めてるの、それ」
「いや、貶してるつもりだ」
「あ、そ」
...やっぱり成長したように見えるのは身長だけだな。どんどん伸びていく。
成長期は恐ろしい。
「若、着きましたよ」
車に乗っている間、ずっとぼーっと外を見ていた俺は声をかけられて着いたことに気がついた。
「...悪い。また連絡する」
「分かりました」
葵がもうすでに降りていたから自分も少し急いで降りて、運転をしていた奴に一声かけて葵を追いかける。
「あお...、」
「...ねぇ、瀬崎舞弥ってどこにいるか分かる?」
「え、は、はい!」
“葵、行くぞ”
そう言いたかった俺は口を開けたまま目の前で繰り広げられる、葵の手馴れた会話に驚いた。