「……三宅?」



不意に名前を呼ばれて、ハッとする。

自分でも気付かないうちに、犬飼くんのことを見つめてしまっていたらしい。

なんだかバツの悪そうな表情をしている彼に、あわてて、両手を振った。



「あ、ごめんごめん。なんでも、ないよ」

「……そう」

「うん。えと、春だから、ねむくって」



とっさに出たわたしの言い訳に、「それはわかるけど」って、犬飼くんが口元を緩める。

うん、そうだよね。きみは今日、中庭の木の下で見事に爆睡してたもんね。

わたしもつい笑みを浮かべながら、また口を開く。



「なんていうか、春のぽかぽか~ってした空気って、ぼんやりしたくなるよねえ」

「勉強とか、馬鹿らしくてしたくなくなるな」

「そうそう。で、縁側でウグイス餅食べながら、誰かとお茶したくなるの」



考えながら、思わずまた、にこにこしてしまう。

ウグイスの鳴き声聞きながら、ウグイス餅。なかなか風情あると思うんだけどなあ。



「……、」



だけどもまたすぐに返ってくると思っていた犬飼くんの声は、耳に届かなくて。

ふと彼に目を向けると、思いがけなく真剣な表情で見下ろされていることに気付き──どきりと、心臓がはねた。