その夜、流川は本当に帰ってこなかった。


次の日の朝、念のため部屋の隅々まで見てみたけれど、やっぱり流川の姿は無く。

 
ほっとしたような、気が抜けたような。

 
 
でも、ソファには流川のパンツが残ったままで。

 

「……」


 
しばらく、そのグレーのボクサーパンツを突っ立ったまま眺めていたけれど。



「し、失礼しまぁす」


 
何故かパンツに断りを入れてしまって。

 
親指と人差し指でそれをつまみあげて、恐る恐るたたんでやった。

 
……なにやってんだ、私。

 
 
いつもどおりにバイト先へ向かった私は、昨晩のことを麻紀に話した。



「なんだ、つまんないの」


「つまんないってことはないでしょ。大変だったんだからね、こっちは」


「でも、向こうから出てってくれたんでしょ? 良かったじゃない」


「ま、まあ、そうだけど…」


「昨日さ、電話かかってくるの、ひそかに彼氏と期待してたんだよね」


「は?」


「なんか、あたしたちのデートもマンネリしてきてるからさ。ひと事件起きれば面白いなって」


 
おいおいおい、麻紀…

 
あんたはやっぱり、鬼だ。
 
 
綺麗な顔した、鬼!



「麻紀っ。あんたって人は…」


「とにかく。一件落着ね」


「う、うん」


 
私はピッチャーに水を入れながら、なんだかぼんやりしちゃって。

 
昨日の流川の眉間の皺を思い出していた。

 
なんだかちょっと…悲しげだったような…

 
 
ううううん、気のせい気のせい。

 あんな変態男のこと、気にしてどーすんの!


 
 
そんなことを思ってるうちに、いつのまにかピッチャーの水を溢れさせてしまっていて。



「吉沢さんっ!」


 
雪乃さんの怒声を、また浴びてしまった…。