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 一本道を登りきると、ようやく目的地の旅館の屋根が見えてきた。



 ガゴゴッ!!



「あ~! もうっ!」

「………」


 何回目か…数える気も失せた。


 ギアをせわしなくいじる姿は、呆れながら見るも、何となくけなげで。


「代わるか?」

「いい」

「坂道発進できんのか? お前」

「できるし。教習所でちゃんと練習したもん」


 
 ガガガッ!!

 …ゴン。



 …できてねーし。


「このまま後退していくつもりか。微妙に戻ってるぞ、道」

「く…くそっ」

「もう日が暮れるぞ」

「ううう…」


 秋の夕暮れは早い。

 ほんの少し薄紫色に染まった雲が、高い空を泳いでいる。


「よ、よし。動いた。大丈夫。お風呂に入ってご飯食べる時間は残ってるよ」

「……」


 相変わらずの前傾姿勢。

 窓から入り込む風は涼しいはずなのに、鼻の頭に汗をかいたコイツの表情は、眺めているだけでも面白い。


「ふっ…」


 口元を押さえながら思わず出てしまった笑いに、


「また笑う」


 前を向いたまま唇を尖らすコイツは、


「でも、流川の傷が治ってよかった」


 すぐにほっとした顔になってつぶやいた。


「まあ、そこまでひどいケガじゃなかったからな」

「治らなかったら…オネエマンに殺されるところだった」

「アイツならやりかねないな」

「でも、いい人だよね、らぶりー留美。他のオネエマンたちも」

「まあな」


 車はゆっくり坂道を登る。

 
 目的地まであと少しだ。

 まあ、頑張れ。