「ごめん、唯衣」


 長い時間のあとに、つぶやいた要くんは。

 うつむいたまま、次の言葉を探している。


「全部…聞いてたよな?」

「…うん」


 また、少しの沈黙。

 コーヒーカップを持つ手のひらに、汗が滲んで。

 私はテーブルにそれを置いた。


「あのな…実は、」

「要くん」

「え?」

「いいよ」

「唯衣?」

「いいの、別に」


 要くんの言葉をさえぎって、私は要くんを見上げた。

 聞かなくていい。

 無かったことでいい。

 要くんの口からちゃんと聞かなければ、

 ただの噂話みたいに、そのうち忘れられる。


「唯衣…」

「明日、どこ行こうか」

「……」

「あ、久しぶりに遊園地とかでもいいかも。ずっと行ってないし」

「……」

「でも混んでるかな、まだ夏休みだし。山とかに登ってみる? 自転車借りてサイクリングとかさ」

「唯衣…」

「あーでも要くん合宿に行ってきたばっかりだもんね、疲れちゃうね。もっと違うこと…」

「唯衣!」


 ひとりでしゃべり始めた私の両肩をつかんだ要くんは。

 切なそうに顔を歪ませていて。


「唯衣、ちゃんと話すよ」

「いいよ、話さなくて」

「ダメだ」

「いいってば」

「聞いてくれ」

「やだよ」

「唯衣…」

「…やだよ」


 強気に。

 要くんの目をみていたはずの視界が滲む。


 泣きたくないのに。

 零れてしまう涙。

 泣いたら…

 認めることになっちゃうじゃん…


「あのな…」


 私の頬に流れる涙をぬぐいながら、

 要くんは口を開いた。