流川の右腕が持ち上がるのがわかる。
でも、躊躇して。
背中には触れることなく、
そっと、遠くに戻されるのもわかって。
「…結構、楽しかったね」
「…ああ」
「温泉が…じゃないよ?」
「わかってるよ」
「カエルと離れるの、寂しいでしょ」
「そうかもな」
「…離れるの…寂しい…でしょ」
「…まあな」
外の風は、いつのまにか弱まっていて。
聞こえるのは、
ひとつの布団のなかの、私たちの小さな声だけになっていて。
「変質者もつかまったことだし、ちょうどいい期間だったろ」
「…そだね」
「カエルの面倒みろよ。そいつ、生きてるぞ、たぶん」
「ふふ。あり得ないし」
「今も、つぶされて苦しいって言ってるし」
「言ってないから」
「いや、言ってる」
「……言ってる、かも」
近づくための口実。
今日だけ…乗ってあげる。
抱えていたカエルを、流川に押し付けると。
右腕を動かした流川は、カエルを引き出して枕元に移動させた。
「せいせいしたってよ」
「…うん」
流川の右腕が、布団の中に戻されて。
私の背中に触れる、熱い手のひら。
左手が、髪を撫でる。
「流川…」
流川の胸元に、そっと両手を当てると。
ぐい…っと引き寄せられて。
胸のなかに、すっぽりと包まれた。
その背中に腕を回した私。
ぴったり重なった体温。
ふたりの呼吸。
波打つ、胸と胸。
「…苦しいか?」
「…ううん、大丈夫」
「…おやすみ」
「…おやすみ」
流川の唇が、まぶたにそっと触れる。
私は…
その首筋に小さく、同じことをして。
お互いの寝息を待つように…
ただ動かずに…
――静かに目を閉じた