ぞぞぞ……
麻紀の「幽霊」の一言に。
温泉につかっているというのに、一瞬で凍りつく私の背中。
「ゆ、幽霊?」
「そ、幽霊」
「どこに?」
「ここに」
「ここって」
「この旅館」
あはは…またまたぁ…
私が幽霊とかおばけとか、その手の類のモノが大の苦手だということを知ってる麻紀だからこその冗談でしょ?
「私のこと、脅かそうとしてるでしょ」
「ホントらしいよ。実際に見た人がいるんだって。女の人の幽霊」
「…マジ?」
「なんかね、自分のお気に入りの男が泊まってる部屋に現れるらしいよ」
「は?」
それはまた随分と…
「イケメン好きらしいわ」
「なんか…それ、嘘でしょ。イケメンにフラれた女の人が勝手に立てた噂なんじゃないの?」
「さあ、どうだか分かんないけど、ホントだとしたら、祐二は大丈夫ね」
「あんた…自分の彼氏でしょうが」
「やばいのは流川直人ね」
フフフ、と笑って麻紀が私をのぞきこむ。
「どうする? 今夜、唯衣のところに出てきたら」
「や、やめてよ。私そういうの、ホントに苦手なんだからっ」
「あはは。大丈夫だって。いくら流川直人がイケメンでも、その幽霊が気に入るとは限らないし」
そういう問題なのか…?
「祐二たち、あがったかな? ご飯楽しみ~。そろそろあがろ、唯衣」
麻紀の頭はもう夕食のことに切り替わり。
ざばぁっと立ち上がって、すたすたと内湯に戻ってしまった。
私は、ぞくぞくする背中をもう一度深くお湯に沈めて。
遠くの山に傾きかけたおっきい夕日を眺めた。