「…悪りいな。儂は凱斗じゃねぇんだ」
開いた扉から現れたのは着物を纏いキセルをふかし、口角を上げた老人。
重文はガラス越しにその姿を見ると、僅かに口角を上げた。
「…侵入者はお前だったか、老いぼれ組長」
「老いぼれは合ってるが、儂は組長じゃねぇ。今は大将って呼ばれてんだ」
"老いぼれ組長"と呼ばれた老人の正体は、鷹沢組大将・譲司だった。
譲司はフッと笑い、口から煙を吐いた。
重文はジッと譲司をガラス越しに睨んだ。
だが譲司は睨まれたところで怯まない。
「老いぼれのくせに随分と俊敏なんだな。
護衛人に一度も見つからずにここに来るとは。どんな体の鍛え方をしたのか教えて欲しいものだ」
重文は譲司の方を振り向き、肩を竦めて笑った。
重文の言葉が面白かったのか、譲司は肩を揺らしてクックックと笑う。
世界屈指の大財閥九条院家の最高権力者と日本随一の極道一家の大将が、互いに怪しい笑みを浮かべている光景は不気味という言葉しか見当たらない。
「若え頃ならこんな警備力ずくで突破出来たけどな、儂も年には勝てねぇんだ。
だからこいつに裏道を教えてもらった」
譲司はまた口から煙を吐くと、親指を立てて自分の背後を指し示した。