朝練を終えて、授業をしてあっという間に昼休み。
ブー、ブー
「あ、ごめん、電話だ。」
昼ご飯中、携帯電話が震えた。
「……もしもし、ゲン兄ちゃん?」
『叶多、久しぶりだな……』
「もう帰ってきたの?」
『ああ、夕食は俺と晴で作っておくから……それと、夕夏の迎えは、母さんが行ってくれるからちゃんと部活して帰って来い……』
「え?あ、でも……」
『俺と貴葵と夕夏と母さんの意思だ。部活してこい。』
『私もだよ、叶多くん~』
「晴さんまで……わかったよ、じゃあ、頼んだからね?」
『ああ、任せとけ。』
それだけ言うと、ゲン兄ちゃんとの電話は終わった。
晴【ハル】さんはゲン兄ちゃんの奥さん。
「何だって?」
「家のことは心配いらないから、部活ちゃんとしてこいってさ。」
「いい家族じゃん。」
「うん、世話焼けるけどね。」
その日の部活は、何だか久々に真剣に取り組めた気がする。
多分、いつもみたいに家事のこととか心配することがなかったからだと思う。
「ソーダ、今日は調子……良かったな。」
「そうですか?何か、楽しくて。」
「…………楽しいのは、いいことだ。」
「あ……」
カズ先輩にまた頭を撫でられた。
昨日も撫でられた気がする。
「何だ……?」
「いや、また頭撫でられたな、と思って……」
「…………普段、誰にもされないのか?」
「あ、はい。母も兄ちゃんも忙しくて家にあんまりいないんで……父さんもいませんから。」
「……そうか。ソーダは、大人だな。でも……もっと我が儘言ってもいいんじゃないか?」
「え?」
カズ先輩を見上げると、目を細めながら優しい顔になった。
「ソーダは、もっと頑張らなきゃ、って……思ってるんじゃないのか?」
「え、はい……」
「そう思って頑張れるのは、確かにいいことだ。だが、頑張りすぎるのも……良くない。だから、わざわざお兄さんが電話してきたんじゃないのか?」
カズ先輩の言葉に、思わず「あ。」と声が漏れた。
「頑張らなきゃ頑張らなきゃって、ソーダは言ってるけど…………俺は、もう十分ソーダは頑張ってると思う。もっと自分のために、時間を使うべきだ。」
『兄ちゃん、ちゃんと寝てる?』
『夕食は俺と晴で作っておくから……』
『ちゃんと部活して帰って来い。』
そうか……みんな……
「俺もだが、他のみんなも、家族も……ソーダの頑張りを、認めてると思うぞ。」
俺のこと、認めてくれて、それで心配してくれてたんだ。
「俺が言うのも何だが、お前はまだ16だ。お兄さん達がいるんだし、もっと……甘えていいと思うぞ。」
「へへ……先輩、何か、父さんに似てる。」
「……そうか、なら、そう思ってくれて構わない。」
「ありがとうございます。あ、俺帰らなきゃ!!また、明日。」
「ああ……気をつけて帰れよ。」
カズ先輩は優しく笑ってそう言った。
他の先輩達や、レジ達にも挨拶して足早に学校を出た。
「叶多くんって、偉いよね~。」
「……ああ、頑張りすぎるところが、あるけどな……」
「それはゲンちゃんも一緒じゃん。インターハイ行った時とか……」
「貴葵はもっと頑張れよ、女にばかりチャラチャラするな。」
「え?女にチャラチャラって?」
「夕夏くんは知らなくていいことだよ~。」
「久々に全員揃ったわね。晴ちゃんも無理しないでね、大事な体なんだから。」
「晴姉ちゃん、赤ちゃんいつ生まれるのー?」
「ん?あと2ヶ月くらいかな~。」
相田家では、そんな会話がされていた。
……━━━━
俺は1人で帰り道を歩きながら、知らないうちに走り出していた。
早く、みんなに、家族に会いたい。
「はぁ、はぁ……」
走りながら肌に感じる風が心地いい。
あがる息も、高まる心拍数も、生きてる心地がして。
ガチャッ!!
「あ、叶多兄ちゃん!!」
「おかえり、叶多。そんなに急いで、もう……」
「何、どうしたのそんなに急いで帰ってこなくてもいいのに。」
「……おかえり、叶多。」
「叶多くん、おかえりなさい!!」
そんなに嬉しそうな顔して、と母さんやみんなが言うけど。
俺は、この家族が好きだから。
「…………っただいま!!!!」
もう少し、甘えることを覚えてみようと、思った。
= Fin =
『ねえねえ、確か……何とかカズとかいう名前だったよね?』
ほとんど、俺の名前を覚えてなかった。
『背、高いわねー!!あなたもずっとバスケしてきたの?』
こんな俺に、何て楽しそうに笑って話をするんだろう。
『 この2人と、これからの後輩達のためにも、俺達がバスケ部を変えていこう。』
コイツになら、ついていこうとはじめて思った。
「おーい、カズくーん!!」
「……うるさい、拓真。」
「あはは、きよ今日も絶好調じゃん、カズ。」
「もう、いいから部活行くわよ!!」
俺は、このバスケ部が、コイツ等が。
本当に、大切で、大好きだ。
= 和彦くんと3人 =
2年前の春
俺は高校生になったばかりだった。
「うわ、あの人背、高いねー。」
「顔整ってるけど、無口で無愛想で……もったいないよね。」
「アイツ……何か怖いよな。」
ずば抜けて身長のデカイ俺は、1人目立ってた。
何をしてもしなくても、目立ってたし、無愛想なのもあって、孤立していた。
まあ、慣れたものだ。
「あはは、やだ~、穂波くんたら~。」
甘ったるい女子の声のする方を見ると、チャラそうな男子が笑っていた。
茶色がかった少し長めの髪の毛。
通った鼻筋にぱっちり二重、綺麗な形の唇に、特徴的な顎にあるホクロ。
ホクロはいいとして……
そいつは、いわゆる“イケメン”だった。
「え~、穂波くん部活やるの~?」
「うん、小さい頃からずっと続けてるし。」
「そうなんだ~、絶対かっこいいよ~!!」
「はは、本当?嬉しいなあー!!」
……よくあんなにニコニコしながら女子と話せるな。
明日から部活開始か……まさか、アイツと一緒なんてことはないだろう。と、この時は思っていた。
「あれ、同じクラスの人じゃん!!」
嘘だろ。
コイツも一緒の部活なのか……
「背の高い、硬派な感じのイケメンがいると思ってたけど、バスケ部だったんだねー!!」
「…………ああ。」
女子にだけいい顔する奴かと思えば、こんな俺にも普通に話しかけてくる。
こんなに普通に話したのは……中学の部活の奴等以来だな。
「ねえねえ、確か……何とかカズって名前だったよね?」
ほとんど覚えてないな……
まあ、それも慣れたものだ。
「武政……和彦だ。」
「んじゃ、カズくんね!!」
「あ、ああ……」
「俺は穂波 拓真。普通に呼んでくれていいから!!」
「拓真……な。」
呟くそうに返事をすると、拓真は満足そうに笑った。
結構……いい奴かもしれない。
「あら、2人もバスケ部?」
「ん、そうだよー、あら可愛い子ちゃんじゃない。」
拓真が話しかけて来た女子の顔を覗き込むと、その女子は眉を寄せた。
「はあ?そんな軽い台詞で今時女をおとせると思ってるの?そういう台詞におちるのはね、ただの馬鹿な女よ?そんな女と私、一緒にしないでくれる。」
「あはは、いいじゃん、可愛いのは本当だしさあ。何、マネージャー希望?」
まだニコニコと笑う拓真から離れて、俺の後ろに隠れながら女子は続けた。
「そうよ、文句ある?」
「ちょっとー、何で隠れるのよ!!へこむなあ~、カズくーん!!」
「……うるさい。」
「あはは、いい奴じゃない、あんた!!」
バシバシと背中を叩いてくるマネージャー希望の女子。
体育館に着くなり、騒がしいな……
まあ、こういうのも、嫌いではない。
「何か楽しそうだな、俺も混ぜてー。」
「あ、勇大、遅い!!」
「ごめんごめん、先生に呼び出されてた。えっと……」
「俺は穂波 拓真!!好きに呼んでよ。」
「タクな、んで……」
俺を少し見上げるように見て、笑う男子。
「……武政 和彦だ。」
「カズね!!俺は花岡 勇大!!んで、こっちが幼なじみの笠井 都子ね。」
「あら、名前も可愛いじゃん。」
「う、うるさい、このチャラ男!!」
「ひ、酷いミーコ!!カズくーん!!」
「だから……ひっつくな。」
初日から騒がしいな……
ワイワイする俺達の元へ、部長がやってきた。
「俺が部長の玉城です。君等、よくこのバスケ部に入部してくれたね……ここは問題児ばかりで、僕や監督がいないと他の部員がやりたい放題なんだ。」
肩をすくめた部長は練習する部員を見回した。
「全員が全員そういう奴等じゃないんだよ、僕や他の何人かは真面目に部活してるんだ。でも、君達1年に強く当たったり嫌がらせする奴は出てくると思う。そしたら言って、一応部長の僕の言うことは聞くから。」
「「はい。」」
ニコッと笑って1人ずつ頭を撫でてくれた玉城部長は、とてもバスケが上手くて優しくて、頼れる部長だった。