「夢じゃ、ないんですか?」
だとしたら、何?
それに、先輩は何を知っているの?
自分だけでなく、水樹先輩にも何かが起きている。
そんな予感を持ちながら聞くと。
「最初はそう思うんだ。俺もそうだった。でも、何度も繰り返すうちに気付く。これは現実だって」
水樹先輩は、自分の体験談として話した。
「え……繰り返すって、どうやって?」
若干混乱しながらも問えば、先輩が困ったように眉を寄せた。
「場所と強い想いや願いが関係してるみたいだけど、俺もよくはわかってないんだ」
水樹先輩の語った内容には、以前高杉さんから聞いた話も含まれていて。
もしかして、水樹先輩は神隠しに関することはすでに知っていたのではと感じる。
だって、それなら辻褄が合う。
神隠しに関して特に興味がなさそうだったのも、驚く素振りが見られなかったのも、誰も知らなかった情報を知っていたことも。
「相性みたいなものもあるんだとは思うけど、多分、大抵は1度きりで、夢やデジャヴに感じて終わるんだと思うよ」
まさに、私の状態だ。
「そして、時間を戻ってたことを知らずに未来に進む」
「時間を……戻る……?」
つまり私は、時間を戻ってきたから、起きる事を知っていた……ということ?
夢で未来を見てきたわけではなく、私が時間を戻ってきたの?
「い、いつ戻ったんだろう……」
恐る恐るといった感じで零すと、水樹先輩は私を見つめると悲しそうに微笑んで。
「いつかはわからないけど、きっと俺が巻き込んだ」
そして続けて、ごめんねと謝られる。
「謝らないでください……」
水樹先輩なら、どんなことでも巻き込んでくれてかまわないのに。
私の言葉に先輩は何も答えない。
言葉もなく、視線も私から離れて今は濡れた境内の景色を見つめていた。
私もなんとなく、同じように雨景色を眺めていたら。
「……今は、何回目の夏なんだろう?」
ポツリ、雨音にかき消されそうな水樹先輩の声。
「気が遠くなるくらい繰り返して、もう覚えてないけど……」
空からは轟音が降って。
「俺はさ、未来を捨てたんだ」
先輩の言葉が、
悲しく
私の胸を貫いた。
分厚い雲が一瞬光ると雷鳴が響く。
雨脚は段々と強くなり、境内の砂利は水分を含んですっかりと重そうに色を変えていた。
それはまるで、水樹先輩の言葉に沈んでいる私の心を表しているようで。
「捨てたって……どうしてそんな……」
出した私の声は、不安感や悲しみのせいか、僅かに震えていた。
夏を繰り返していることを仄めかした水樹先輩。
未来を捨てたということは、未来に進むことを諦めた……ということだろう。
「何か……あったんですか?」
もしくは、これから何かがあるのか。
答えを求めて、ジッと水樹先輩の横顔を見つめていると。
「君が……」
先輩は、か細い声で。
「いなくなるんだ」
そう、告げた。
いなく、なる?
それは、どこかに引っ越すとかそんな話しだろうか。
……いや、そんなことじゃないはずだ。
だって、水樹先輩が辛そうな顔してる。
……もしかして。
「神隠しに、遭うんですか?」
いなくなる原因として一番あり得そうなこと。
それを口にしたんだけど、水樹先輩は首を横に振った。
「神隠しはきっと、俺みたいな奴がなるものだ。未来を望まないで、留まることを選んだ人間が消える。でも、真奈ちゃんはそんな風に思ってないだろ?」
問われて、私は確かに頷いてみせる。
「それなら、いなくなるって?」
一体どこに行くというのか。
わからずに更に問い詰めると、水樹先輩は暫くの無言の後に──
「死んで、しまうんだ」
悲痛な声で、紡いだ。
死。
その言葉は、頭を殴られたような衝撃を私に与えた。
一瞬、息をするのも忘れて。
「死…ぬ?」
それだけ呟いて、呆然と水樹先輩を見つめることしかできない。
強い、強い雨音が、遠くに聞こえるほどに、私が言葉の意味を受け止めきれずにいれば。
「君は、夏休みが明けると必ず事故で死んでしまうんだ……」
追い討ちをかけるように、真実が明かされていく。
「そして、そのきっかけが……」
水樹先輩が、膝の上で組んでいた腕の拳を強く握って。
「どうやら、俺の存在らしい」
泣きそうな瞳で私を見て、小さく笑った。
「だから真奈ちゃん。俺は、もう君の傍にはいられないんだ」
ひどい突き放し方をしてごめん。
だけど、仕方なかったと掠れた声で話されて。
私は……何も、言えなかった。
どれだけ、水樹先輩が私の為を想って拒絶したのかが、わかってしまったから。
どれだけ、水樹先輩が私の事を大切に想ってくれているかが、わかってしまったから。
「俺は、君を失うのは嫌だ。例え俺が消えてしまっても、君がいない未来を生きて苦しむよりずっといい」
「水樹先輩……」
「真奈ちゃんが生きていけるなら、それだけでいい。だから、君が事故に遭う前に君から逃げてしまう俺を許して」
……ああ。
そういうことだったんだ。
水樹先輩が夏を繰り返しているのは、私のせいで。
未来を諦めたのも、私のせい。
残酷で現実味のない話しにまだ心がついていけない部分もあるけど……
先輩がちゃんと話してくれたおかげで、今まで感じていた疑問が晴れた気がした。
子猫を助けられた時の言葉も。
『ずっと……諦めてたから、今、すごく嬉しいんだ』
寝ぼけて零した言葉の先も。
『ごめんね……俺……君を、また……』
この夏を繰り返し苦しんできた水樹先輩の、心からの声だったのだ。
正直、実感はないけれど。
それでも死という底冷えするような響きには、思わず眉を寄せてしまう。
不安で胸がいっぱいにもなってる。
でも──
先輩の言葉には、頷けない。
「水樹先輩、ありがとう。だけど……許しません」
私は真っ直ぐに、戸惑いに瞳を揺らす水樹先輩を見つめた。
「私の死を辛いと思ってくれるのはとても嬉しいです。でも、先輩が犠牲になるなんて嬉しくない」
そう、誰かの……大好きな人を犠牲にして生きるなんてちっとも嬉しくない。
「きっと、この夏には意味がある。だから、せめてこの夏だけは、私が水樹先輩を追いかけてきたこの夏だけは、逃げないで」
訴えながら、思い出す。
私はあの日、夕暮れの校内で水樹先輩の背中を追って屋上に出たのだ。
そこに先輩の姿はなかったけれど、強い想いで追いかけたからこそ、私は時を遡る事ができたんだろう。
「最後の瞬間まで諦めないでください。私だって、先輩のいなくなった未来なんて欲しくない」
誰も水樹先輩を覚えていない、あんな悲しい未来なんていらない。
きっぱりと言ってみせると、水樹先輩は「やっぱり……」と零して。
「俺は、隠されたんだね」
私に確かめる。