「それをさー、水樹にはちょっと話したことがあったんだけど、アイツ、君に言おうとした事あって焦ったわ」
……それって。
『ねえ、真奈ちゃん知ってる? 白鳥がどうして君を──』
会長が慌てて遮った時の?
「言うつもりはなかったけど、言うならせめて俺の口から言いたいからね。焦ったよ」
苦笑する会長に、私は微笑みを向けた。
「話してもらえて良かったです」
水樹先輩も言っていた。
本人から聞くのが一番いいよって。
きっと、大切な話し。
だから私も、いつか会長が話してくれるまで待つと、そう返したんだ。
それは……こんな事になるなんて知らなかった、穏やかな夏の一幕。
会長の話を聞いていて、少し薄れつつあった痛みがまたぶり返す。
そんな私の様子に気付いたのか……
「だから、今の俺があるのは真奈ちゃんのおかげ」
会長の優しい声が私の鼓膜を通り、温かい気持ちが心に届く。
だけど、私はさっきから申し訳ない気持ちでいた。
会長は私との思い出を大切にしていてくれていたのに、私は少しも覚えてないのだ。
「あの……思い出せるよう努力しますね」
そう言うと、会長は笑って頭を振る。
「君が俺を変えてくれた。それだけで十分。だから、その努力は水樹に向けてやって」
「水樹先輩に……?」
「そ。ぶつかってやってよ。何が原因かは知らないけど、君ならきっと、水樹だって変えられる」
会長は、勇気付けるような笑みを浮かべて。
けれどふと、その笑みに苦さを含ませた。
「まあ正直、あいつの事は俺もちょっと心配でさ。元々変なとこあるけど、輪をかけて最近変だし」
そっか……
やっぱり会長も気付いてたんだ。
「私……できるかな?」
本当は、拒絶されたのにぶつかりに行くなんてとても怖い。
だけど、会長がもう一度「真奈ちゃんなら絶対に」と言ってくれたから。
淡い夕日に包まれながら私は、肯定の代わりに微笑んでみせた──‥
一夜明けて。
私は生徒会室で、ぼんやりと手元の資料を眺めていた。
これは、再来週から始まる2学期について色々と書かれてあるもの。
10月には再び生徒会の総選挙があり、それについてのミーティングも今日行われる。
三重野先輩が資料を読み上げる中、私はそっと隣の席を見た。
いつもなら、少し眠そうにしながら話を聞く水樹先輩がそこにいるはずなのに。
「──なので、望月さん、この辺りの説明を影沢君にお願いね」
「あ……はい。わかりました」
昨日のことが原因なのか、水樹先輩は登校してこなかった。
ふと、窓の外に視線をやる。
午前中に見えていた青空は今はなく、灰色に変わっていた。
会長が解散を告げて、私が今日もらった資料を鞄に詰め込んでいると。
「真奈ちゃん」
私の傍に会長が立った。
「水樹から連絡あった?」
「……いえ、何も」
昨日、公園で会長に励まされ勇気を貰った私は、少しでも水樹先輩と話したくて連絡を入れた。
でも、今の今まで音沙汰がない。
もしかして神隠しにあってしまったのではと心配もしたけど、生徒会のみんなが覚えているからそれはないようだった。
それでも、安堵感は少しだけ。
このままじゃ本当にいなくなってしまうんじゃないかと不安になる。
先輩の声が聞きたい。
会いたい。
でも、あの冷たい瞳を思い出すと躊躇われてしまう。
誰にも気付かれないように小さく息を吐き出した時、会長が腕を組んで唸った。
「俺も何度か連絡してるんだけどね。メールも反応なしで、LINEも既読にならないしなー」
携帯落としたっていうオチ?
なんて続けた会長に、私が何も答えられずにいたら。
「真奈ちゃん、昨日は寝れた? 目が少し赤い」
「……ちょっと寝不足ですけど、大丈夫です」
心配してくれる会長に苦笑いで応える。
すると会長は「無理はしないように」と元気付けるような笑みを浮かべてから、席に戻って自分の荷物をまとめ始めた。
「なんかモッチー、元気ないね。水樹先輩と喧嘩したのかなー?」
「……さあ?」
赤名君と藍君が小声で話しているのが聞こえる。
……喧嘩、なんだろうか。
それより、意味も重さも違う気がする。
赤名君は鞄を肩に掛け、「お先でーす」と挨拶を残して生徒会室を去った。
会長と三重野先輩は職員室に用事があるらしく、帰りがけに寄るようで、2人揃って出て行く。
残された私と藍君の視線が合って。
お先、なんて言葉がかかると思っていたんだけど……
「帰らないの?」
「え?」
「降るかもしんないから、急ぐぞ」
藍君は、顎で合図し私を待ってくれた。
私は頷いて立ち上がり、鞄を手にすると藍君と一緒に学園を出る。
不意に空を見上げれば、少し離れたところを黒い雲が覆っていた。
「ホント、降りそうだね」
私が呟くと、藍君はそれに対してコメントはせず……
「影沢先輩、どうしたの?」
水樹先輩の事に触れてきた。
私は視線を空から町並みにうつす。
「まだ……私もよくわからなくて、説明できないんだ」
何が原因で、どうして離れていくのか。
会長にさえ連絡を返さないのはどうしてか。
昨日から繰り返してる疑問を、再び頭の中に廻らせていたら。
「……それ、先輩が消えるとかいう話と関係する?」
そんな風に聞かれて、言葉に詰まる。
ないとは言い切れない。
水樹先輩にも何かに対する強い想いがあるなら、もしかしたら関係するのかもしれないんだ。
それに、きっかけなら十分あることに気付く。
先輩は言っていた。
子猫たちが死んだから、と。
それが原因?
……だとしたら、どうして私に嫌いになれなんて言ったんだろう?
というか。
「藍君、私の話しを信じてくれるの?」
バーベキューの時にした話。
あれ以来触れていないから、てっきり信じてないのかと思ってたのに。
私の問いに、藍君は私を見ないまま唇を動かす。
「まあ……俺も変なの経験してるから、否定はしにくいだけ」
それはきっと、藍君だけが見た、お姉さんかもしれない人の話し。
「ありがと、藍君」
藍君の横顔にお礼を言うと、その瞳がチラリと私を捉えて。
礼なんて必要ないだろと呟くように言ってから、また視線を正面へと戻した。
線路沿いの道を歩き、やがて駅に到着する。
どうにか雨が降り出す前には家につけるかなと思いながら、私たちはバス停に並んだ。
──その時。
鞄の中に入っている私のスマホが振動していることに気付いて。
もしかしたら、水樹先輩かもしれないと思い、慌てて鞄からスマホを取り出した。