「でも……ありえなくはない、気がする」
「え?」
藍君の肯定的な言葉に、私は瞬きしながら彼を見つめると、その視線がようやく私を捉えた。
「うちの親、結構年行ってんだ。両親が結婚して10年以上経ってから俺が生まれてるから」
そう、か。
高杉さんの彼女さんが消えたとされる頃と年齢を照らし合わせて計算すると、確かに繋がる気がする。
「高杉さんの彼女さんが……藍君の、お姉さん?」
疑問をそのまま口にすると、藍君は苦い笑みを漏らした。
「だとしたら薄情だよな。家族全員しっかり忘れてるなんてさ。高杉さんは、しばらくは覚えてたみたいなのに」
言いながら、まるで自分を責めるように薄く笑う藍君に、私は首を横に振って否定する。
「藍君は忘れてないよ。学校で姿を二度も見たし、夢でも見てる。それはきっと忘れてないからだよ。だから、ちっとも薄情なんかじゃないよ」
慰めでもなく、ただ、私が感じているありのままを伝えると。
「さんきゅ」
藍君は、珍しく優しい笑みを浮かべた。
滅多に見れない藍君の笑みに、私の頬も緩まって。
ふと、太陽が雲に隠れて降り注ぐ熱が和らぐと。
「にしても、高杉さんはどんな気持ちだったんだろうな。覚えてるのに誰だかわからないなんてさ」
空を見上げながら、藍君が話す。
どんな気持ちだったか……私には、わかる。
今ではない、夏の一日。
思い出すだけで今もまた胸を走る痛み。
……話しても、いいかな?
もしかしたら大切な家族を失ったかもしれない、藍君なら。
私は、キュッと拳を握ると──
「あの、ね……私も、似たような経験があるんだ」
苦笑いを漏らし、打ち明けた。
藍君は意味を掴みかねたのか「は?」と訝しげな顔をしたけど、続きを聞こうとしてくれているようで、何も言わずに私の言葉を待ってくれていた。
上手く伝えられるかわからないけど、私は自分の中にある記憶をどうにか言葉にしていく。
「私だけ覚えてて、みんなは覚えてなくて。もしかしたら、ただの夢かもしれないんだけどね。でも、その日が……どんどん、近づいてるんだ」
「近づいてるって……先の話? 頭大丈夫?」
過去ではなく未来の話しを持ち出した私に、藍君は眉をひそめた。
や、やっぱり変に思うよね。
なんせ、私だってまだよくわかってない状況なんだもん。
「あ、あはは……やっぱ。普通じゃないよね。ごめん、忘れて」
誤魔化すように笑うと、意外にも藍君は真面目な顔をして。
「ちなみにさ、その夢で消えたのって誰?」
肝心な部分を問われて、私は少しだけ悩んでから──
「……水樹、先輩」
ポツリ。
その名を口にしたら、なんだか無性に泣きたくなった。
「……マジで?」
身近な人の名前が出たことに驚いたのか、藍君が少しだけ目を見張る。
そんな彼に対して、私が頷きかけたら──
「呼んだ?」
「わっ」
突然、背後から聞こえた水樹先輩の声。
心臓と肩が大きく跳ねて、私は勢いよく振り返った。
微笑を携えた水樹先輩は「おはよ」と暢気な声で言って。
「俺の話題? あ、遅刻したの怒ってる?」
ごめんねと謝られる。
壁の上部に飾られているアンティークなデザインの時計を見上げると、確かに少しだけ時間が過ぎていた。
でも、5分も過ぎていない。
私は急ぎ笑顔を作った。
「だ、大丈夫です」
というか、大丈夫だよね?
この感じなら、話しは聞かれてない……よね?
密かにハラハラしていれば、水樹先輩の視線は藍君へ移動する。
「それにしても、早いね玉森」
「暇だったんで」
いつもの調子、いつものトーンで返す藍君に、水樹先輩も特に変わりない態度。
「そうなんだ。じゃあ、3人で頑張ろうか」
ちゃっかり藍君も買い出しに巻き込もうとしてるところも先輩らしい。
「や、俺はくつろいでるんで買い出しは2人でどうぞ」
クールにお断りする藍君も彼らしい。
そして、どうやら水樹先輩にもさっきの話をしないでいてくれるようだ。
あとでお礼を言わなくちゃと思いつつ、私は水樹先輩と2人でスーパーへと出発した。
──30分後。
重い荷物を手にバーベキュー場に戻ると、管理棟にはすでに生徒会のみんなが集まっていた。
会長と赤名君は、バーベキューグッズが入っているであろう大きな荷物を抱えている。
三重野先輩は受付で係りの人から説明を受けていた。
会長は私と水樹先輩に気付くと手を振って「ご苦労さま!」と爽やかな笑みを浮かべる。
その声にみんなとは少し離れたところに立っていた藍君が顔を上げて。
「持つ」
短い言葉を発すると、私の手から食材の詰まったビニールの手提げ袋を奪った。
「えっ、あ、持てるよ?」
水樹先輩が重いからと私の持つ分は軽くしてくれた。
だからそんなに重くないんだけど、藍君は何も答えずに会長たちと並んで、予約してあるスペースへと移動を開始してしまう。
ならばせめて、と。
「水樹先輩、半分持ちますね」
水樹先輩の負担を軽くしようと、隣に立つ彼に話しかければ。
「なんで、玉森が?」
不意に漏らされた声。
視線は藍君の背を見つめていて、再び、形のいい唇が動く。
「玉森と、どうして一緒にいたの?」
「──え?」
藍君と?
一緒にって……今まで生徒会室で藍君と2人で先輩たちを待っていたこともある、けど。
どういうことだろう?
意味がわからず、理解する為に思考をフル回転させていたら。
水樹先輩は浮かない表情で「何でもない」と会話を終わらせてしまった。
ああ、また。
もどかしい。
だけど……また、拒絶されたらと思うと。
「真奈ちゃん、みんな行っちゃうよ」
「……はい」
昨日のように踏み込むことができない私は、笑みを作ってみんなを追った。
クーラーボックスには、お茶やジュースの入ったペットボトル。
木炭に火が点くと、赤名君が火を早く回す為に団扇を扇いだ。
三重野先輩は肉や野菜を切り、それを受け取った水樹先輩が串に刺して。
私はというと、藍君の横で味付けを手伝っていた。
藍君は串で焼くものだけじゃ飽きるからと、アルミホイルを使って作る料理を製作中。
きのこにバターを乗せたり、相変わらず手際がいい。
それを横目で見た会長が紙皿を出しながら「あー」と声を出した。
「お腹と背中がランデブーしそうだー。限界だー」
さっき聞いた話だと、会長はバーベキューの為に朝食を抜いたらしい。
早く会長のお腹に入れてあげねばと、私は水樹先輩が並べた串に刺さるお肉たちに調味料をふりかけた。
──と、藍君が落ちるんじゃないかと思うくらい目を丸くして。
「望月ストップ!! 何してんだアンタッ」
ガシッと私の手首を掴んだ。
心なしか顔が青い気がする。
「味付けだよ?」
見ればわかるでしょと思いながら返すと、藍君はながーい溜め息を吐いた。
「そんな大量に唐辛子ぶっかけるとか、どこのキチガイだ」
会長が私たちの背後で「俺がそのキチガイになる!」とか言ってくれてるけど、今は藍君へ自分の意見を述べなければ。
「ひどいよ藍君。これはね、赤い彩りを添えようとね」
「だったらプチトマトとかあるだろっ」
あれだなぁ。
藍君は料理のことになるとちょっとムキになる人だよね。
でも、それなら尚更言いたい。
「藍君ならわかるでしょ? 料理は感覚で勝負!」
いつだったか料理番組で聞いたセリフを口にすると。
「それはその才能に恵まれたやつだけ。もういいから、アンタは肉の焼き加減頼む」
味付け係を降ろされてしまった。
私が仕方なく「はーい」と返事すると、クスクスと笑う水樹先輩から串を渡される。