きみと繰り返す、あの夏の世界



「会長!!」


振り向けば会長が腕を組んで立っていて。

会長の少し後ろには、三重野先輩と藍君もいた。

水樹先輩が小声で「見つけてすぐに位置を知らせといたんだ」と私に教えてくれる。

多分、様子を伺っている最中に連絡していたんだろう。

さすが水樹先輩。

抜け目なくてかっこいいです。


藍君は赤名君を見ると、少しだけ口の端を上げる。


「そいつ、変な人尊敬したりするバカだけど、クズじゃないんで。人のモンをパクるとかまずないから」


変な人とは会長のことだろう。

本人も気付いてるのか、笑みを浮かべている会長の眉がピクリとひきつった。


人数が増えたからか。

それとも、赤名君の言葉を信じ始めているのか。

元クラスメイトたちが動揺するように目を泳がせる。




「だ、騙されてんだろ。人の金盗むような奴だ。騙すのだって……」


僅かに尻すぼんでいく声に、三重野先輩が小さく溜め息を吐いた。


「そんな器用な子じゃないわ。それに、私たちを騙せるのなら、あなたたちだって騙せたままのはず」


三重野先輩の話に会長が大きく頷いて。


「よく考えるといいさ。誰が、君達を騙し続けてるのか」


そう告げると、3人は明らかに困惑した表情になる。


「そ、そんなわけ……」


尚も否定する声が聞こえてきた直後──


「……いいよ。信じてくれなくて」


赤名君が、静かに言う。


「僕には、ちゃんと信じてくれる人たちがいるから、それだけでいい」


その顔からはもう、青白さはなくなっていて。


「とにかく、僕は盗ってない。だから、お金を渡す義理もないよ」


言って、赤名君は落ちていたお財布を拾うと、元クラスメイトの手に握られていたお札を取り返した。




3人に抵抗は見られない。

会長はそれを一瞥してから赤名君に視線を移し、満足そうに微笑んだ。


「行くぞ、赤名」

「はいっ!」


すっきりしたような笑顔で頷いた赤名君。

私たちは、すっかり困惑したままの元クラスメイトたちを残して、おじさんが待つ店へと歩き出した。


その途中、赤名君は会長に頭をぐりぐりと撫でられると


真夏の空の下


太陽みたいな笑みを浮かべて……


「ありがとうございます」


嬉しそうに言った。
















バイトも終わり、週があけて。


「……赤名君、何してるの?」


月曜日の朝、バスを降りて通学路を歩いていたら、学園近くの曲がり角で、身を潜めている赤名君を発見した。


「シッ! モッチー静かに」


塀と電信柱の隙間から覗き込むようにしている赤名君の視線の先には、登校中の会長。


「会長見てるの?」

「そう。ストーカーしてるんだ」

「はい?」

「会長のようにイケてる男になるべくストーカーなうなの」

「へ、へぇー……」


確かに会長は変態ちっくなところに目を瞑れば、ハイスペックでかっこいいと思うけど。

今更ストーカーするのはちょっと理解不能だ。

こういうとこ、赤名君は相変わらずだなぁ。

でも──




「うーん。会長、やっぱり歩き方もかっこいいなぁ」


赤名君らしいのが、今はとても嬉しい。

胸がチクチクと悲しく痛んでいたあの夏とは違う、いつもどおりの……


「僕、次の生徒会長に立候補してみようかなー」


ううん、少しだけ強くなった赤名君は。


「そんで、モッチーが副会長とかどう?」


今日も明るい笑顔を向けてくれている。


「そういえば赤名君、自転車は?」

「あー、チャリはストーカー予定だったから、会長が使う駅に置いてきたんだー」


そ、そこまでするんだ。

赤名君の変な方向に走ってる努力に苦笑いしたところで、水樹先輩が少し眠そうにしながら歩いてくるのを見つけた。


「水樹先輩」


私が声を掛けると、先輩は頬を緩める。




「おはよ、真奈ちゃん、赤名」

「おはようございます」

「おはよーございます。あっ、会長が行ってしまうので、僕はお先にっ」


言いながら赤名君はスチャッと右手を挙げ、忍者を彷彿さるような足取りで行ってしまった。

その姿に、水樹先輩は不思議そうに首を傾ける。


「……何してんの、朝から」

「会長のストーカーだって言ってました」

「元気だなぁ。でも、元気で良かった」


先輩もきっと、海での事を思い出しているんだろう。

私は「そうですね」と頷いて、ふと思い出したことを口にする。


「そういえば、隠し撮りしてたムービーってどうしたんですか?」


まだ携帯に残ってるんだろうかと思って聞けば。


「撮ってないよ」


水樹先輩は、ニコッと笑って言った。




「えっ? だって、あの時……」

「あれは嘘。でも、今後の牽制にはなるだろ?」


説明され、改めて先輩の機転の良さに感服する。

私なんて考えなしで割り込むことしか出来なかったのに。


「先輩ってすごいですね」

「そうかな? 普通だと思うよ」

「すごいですよ。それと、ありがとうございました。私まで助けてくれて」


あの時、水樹先輩がいなければ多少なりとも怪我くらいしていただろう。


「うん。真奈ちゃんに、何もなくてよかった」


緩く微笑んだ水樹先輩に、優しい言葉に、恋する気持ちが騒ぎ出す。

密かにドキドキしてる私の隣で、先輩は不意に空を見上げた。


「今日も暑くなりそうだね」


蝉の声に重なる先輩の柔らかな声に私は……


「そうですね」


頷き、2人並んで、学園の門をくぐった。




それから1時間もしない時刻、生徒会室では。


「バイト代も入ったし、明日はバーベキューで英気を養おう」


会長がバーベキューの話を持ち出していた。

藍君が面倒そうに眉を僅かに寄せる。


「何でバーベキューなんスか」

「夏といえばバーベキューだろう! 肉で元気モリモリだ」

「いいですねー! 僕もモリモリしたいですっ。何せ、来週の月曜からは魔の宿題ウィークだし……」


赤名君の未来は明るいものに変わったけど、バーベキューに行くのは変わらないんだなぁ。

って、そうか。

来週から生徒会もお休みになるんだ。

赤名君が机に伏したのを見て、藍君が頬杖をつきながら話しかける。


「お前まだ終わってないの?」

「やってたんだけど、ペース配分間違えてたんだよー」

「ふーん。望月は?」


矛先がこちらにやってきて。




「ふふふ……」


私は、口の端を上げた。


「気持ちわる」

「なに玉森。胃もたれー?」


赤名君に聞かれた藍君は、私を奇妙なものを見るようにしながら「いや、望月のこと」と言った。


いいのよ藍君。

なんとでも言ってください。

私は今、気分がいいから許しちゃう。

なんたって、宿題……


「実は、残すのところ読書報告のみなの!」

「おおおっ! モッチーすごーい!」


実は毎日コツコツ頑張ってた私。

これも私の中にある記憶の賜物だ。

確か、バーベキューの日に宿題のせいで遅刻して、水樹先輩に迷惑をかけたはずなのだ。

だから、それがまた繰り返されないようにと、日々机に向かって頑張っていた。

おじいちゃんには天変地異が起きるとかひどいこと言われたけど、宿題頑張って悪いことがいいことに変わるというならいくらでも頑張るつもりだ。