SWEETPAIN~冷たい旦那サマは副社長~

「…結婚しても俺は君を愛さない、抱かない、必要としない。でも、体裁は繕うつもりだ…」



「それは…」




「仮面夫婦だよ。周囲から子供は?と言われたら、子作りの為に君を抱いてやるよ。抱かないは撤回しておこうか?」








氷のような冷酷な彼の瞳に身震いした。



「元々、こちらが君の父親の会社を吸収する話だ。なのに、君達姉妹と来たら、俺をコケをするなんて…最低だ…」




蓮人さんは足を組んで煙草を吸い始める。私は恐ろしくて彼の顔が見れなかった。



彼の父親は大手薬品メーカー『ソーマ』の会長・相馬耶刀(ソウマヤトウ)



私の父親・安達斗希(アダチトキ)は大手化粧品メーカー『コスモ』の社長。でも、近年、業績は悪く…悪化の一歩を辿っていた。


倒産は回避出来たけど、『ソーマ』グループに吸収合併されてしまう。






「何か異存はある?麻友さん」




「いいえ、ありません…」



「君のご両親はこの件について、ご存知なの?」



「両親にはまだ、話していません…」



「帰ったら、ちゃんと、説明しておいて…」



「はい」



彼は煙草を咥えながら腕時計で時間を確かめていた。蓮人さんには他に何か用事がある様子だった。




「…仮面夫婦の話は誰にも話さないで…それ位君にも判ってるだろ?」



「はい・・・」



私と姉は彼のプライドを酷く傷つけてしまったんだ。


仮面夫婦は当然の報い?


愛のない結婚生活とはどんなものだろうか?



貴方は私を愛さないと言いましたが、私は貴方が好きなんです。



だから、私は姉から身代わりの話を貰った時は正直言って嬉しかったんです。


蓮人さんはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干して、オーダーの伝票を手にした。



「何か用事ですか?」



「これから、取引先と商談なんだ」



「日曜日なのにお仕事なんて…大変ですね…」



「ふん、別に…」



蓮人さんはそっけない返事をして椅子を引いて立ち上がる。



「忙しい貴方を呼び出したのは私達ですし、勘定は私が払います!」



「別に、いいよ」



「でも…」




「君はさっさと自宅に戻って両親に説明して来い!」



蓮人さんは最初から最後まで高圧的で冷たい態度だった。


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蓮人さんとの出会いは5年前に遡る。



私は通学時の時間帯に突然立ちくらみを起こして、駅のホームに転落した。



転落した私をホームに下りて、抱き上げて救ってくれたのが蓮人さんだった。


私は何度か瞬きを繰り返して目を開ける。

微睡むの中、聞える優しいテノールの声。

輪郭はぼやけて見えるけど整った顔立ち。



「気が付いた?」



意識を戻すと駅の救護室のベットで眠っていた。



「わ、私っ!?」


「…君は貧血で眩暈を起こしたんだよ…」



「あ…」



「君はダイエットしてるの?痩せるのもいいけど、ちゃんと食べる物は食べた方がいい」



「貴方は?」



「俺は相馬蓮人だ…」



彼はベット脇の椅子に座って私の看病をしてくれていた。






「ホームに落ちて頭も打ってるようだ…病院で一応…脳のCTも取った方がいい」



「貴方が私をホーム下から…」



「俺だけじゃない。他の人にも手伝って貰った。俺は薬学部卒だし、君の容体が気になって意識が戻るのを待っていた」



「あの…ありがとうございました」



「別に礼なんて・・・」



彼は安堵の表情を浮かべて壁時計を見つめる。



「私はどうすれば??」



「もう少し寝ていた方がいい」



「・・・」



「もう少し一緒に居てあげたいけど、俺も仕事があるんだ。すまない」



彼は足許に置いたブリーフケースを手に持って腰を上げた。






私は寝たままでは失礼と思って、ゆっくりと身体を起こした。



「君はまだ、寝ていた方がいい」



「何かお礼がしたいです。連絡先を教えてください」



「礼なんていいよ。俺は当たり前のコトをしただけだ…」




彼はやんわりと私の申し出を断って背中を向け、救護室を出て行った。



その当たり前のコトが出来ない人達は大勢いるのに。


線路の上に倒れ込んだ私の元に電車が突っ込んで来たら…



私は死んでいたーーー・・・


彼の咄嗟の行動が私の命を救った。彼は命の恩人。


彼の見返りを求めない深い優しさに心惹かれ、いつまでも私の心の中に彼の存在が残った。


そしてそのまま…初恋の人となった。


俺は最上階の会長室に呼び出された。



「安達社長から訊いた。お前の結婚相手が妹の麻友さんになったらしいな」


「まぁな」


俺の親父は会社の会長。若い頃は『社内恋愛』御法度のこの『ソーマ』で、手当たり次第に相馬一族の力を使い女性社員に手を出していた。



若い頃の自分にそっくりなこの俺が気に入らなかったのか…結婚を盾に俺に昇進話を持ち掛けた。



「お前の意思は変わらないな」


「俺は昇進したい。その為に結婚する」



「姉の知香さんには見合いの席で会ったけど、妹の麻友さんとは会っていないわね」


秘書である母・相馬奈央(ソウマナオ)が給湯室から出てきた。


トレーには二客のコーヒーカップ。



「蓮人もソファに座ってコーヒーを飲んで行きなさい」

俺は母さんに促され、ソファに腰を下ろした。



「…で、妹の麻友さんはどんなタイプの女性だ?」


親父の少し厭らしげな物言いに隣に座る母さんは嫌悪感を示す。


「貴方の相手ではないでしょ??」



「でも、義理の娘になるんだぞ!!」


「…達央の時と言い…貴方は…嫁を可愛がり過ぎです!!」



「…舅と嫁が仲良くして何が悪いんだ?奈央」



「貴方の仲良くは…何処か下心も見えているですよ」




「下心って…お前だって二人の息子を溺愛してたじゃないか!」



「それは…母として…息子を可愛がっていただけです!」


俺の目の前で犬も食わない喧嘩を始める両親。


親父は社内で散々浮名を流したが、最終的には美人で出来る秘書の母さんとゴールインして、俺と兄貴の二人の息子を産んだ。


2番目は娘を切望して、『産み分け』に挑戦したが生まれたのはまたしても息子。出産の激痛には耐えられないと3人目は断念してしまった。

上の兄・達央は出来ちゃった結婚。


母さんも親父に似て嫁の美華さんを可愛がっていた。

二人とも似た者夫婦のクセに、全くそのコトに気づいていない。俺は母さんの淹れた美味しいコーヒーを飲み干して、カップをソーサーに戻す。



「俺はオフィスに戻るよ」



「ちょっと、蓮人。今度、麻友さんと4人で食事をしましょう」


「はぁ?俺は彼女の連絡先に知らないし、結婚式当日でいいだろ??」



「何を言ってるの!!蓮人貴方の栄えある門出の日でしょ!?麻友さんに全てを任せる気?」







母さんは俺を早口で捲くし立てる。母さんの逆鱗に触れるとさすがの親父も収集がつかなく、手に負えない。俺も同じだった…



昔から母さんのヒステリックな所だけは嫌いだった。



「判ったから、朝から怒るなよ…」