営業マンは熱心に売り込もうとあの手この手でセールストークするけど、その場では返事せず、モデルルームを出た。
休憩は駅前のカフェ。
俺はコーヒーを啜りながらマンションのパンフを眺める。
二人だけで住むなら高層マンションがいい。
でも、子供が生まれたら庭付きの一戸建ての方がいいと考えてしまった。
結婚すれば、親父たちは次は孫と…
俺と麻友に迫るだろうーーー・・・
俺と麻友の子供か…
俺の鼓動は大きく跳ね上がった。
もうすぐ結婚すると言うのに、キスもしていないプラトニックな関係。
まるで、純情な中学生カップルのようだな。
子供の話をすると途端に頬を染めだす麻友。
ドキドキしているのは俺だけじゃなかった。
麻友の鼓動もドキドキしてるのに違いない。
「さっさと飲めよ…出るぞ」
「あ、はい・・・」
俺は先に椅子を引いて立ち上がった。
麻友も慌てて立ち上がる。
カフェを出て、混み合う通りを歩く。
「んっ?」
さっきまで一緒に歩いていたはずの麻友が隣に居ない!?
俺は振り返って人ごみの中を探す。
俺の足の速さに付いて行けず、麻友は置いてけぼりを食らっていた。
麻友は俺の姿を追って、必死に駆けて来る。
「ゴメンなさい…」
「…お前は本当にトロいなぁ」
「…ゴメンなさい…」
麻友は口癖のように謝る。麻友を責めて謝らせているのはこの俺だ。
自覚してるのに、それを直そうとしない。
悪いのは全て俺だーーー・・・
「ほら」
俺は麻友の右手を握る。小さくて白い可愛い麻友の手。
「蓮人…さん」
「はぐれたら困るし、迷惑だ」
忘れかけていたときめきが俺の胸に甦る。
手を握るだけではなく、
本当は麻友とキスしたいし、それ以上のコトもしたいと思っていた。
でも、それは出来ない。
手を握り合っているだけで茹でた蛸のような麻友の顔。
初心な彼女の反応がとっても可愛く思った。
見合いから8ヵ月後…
8月初旬。
蓮人さんの仕事の都合で8月に挙式は延期。
私達はようやく挙式の日を迎えた。
時間ばかりが過ぎて、何の進展もないままの迎える門出の日。
「…とうとう…麻友は蓮人君の元に嫁ぐのか…」
お父さんは、目を細めて私のウエディングドレス姿を複雑な表情で見つめる。
お母さんが私のベールをゆっくりと下してくれた。
「幸せになるのよ。麻友」
「はい。お父さん、お母さん…お世話になりました」
咲き誇る花々の装飾で彩られたチャペル。
あの奈都也様が全て私と蓮人さんの為に手がけてくれた。
厳粛な雰囲気に包まれた中。
私と蓮人さんの結婚式は進行していった。
指輪の交換を終えて、誓いのキス。
私と蓮人さんにとって初めてのキスとなるーーー・・・
心臓が飛び出しそうなくらいドキドキして戸惑いが隠せない。
蓮人さんは冷静な表情で私のベールに触れる。
ベール越しに見つめていた蓮人さんの顔がハッキリと私の瞳に映り込んだ。
私を愛さない、抱かない、必要としない…
私はそれでも…
私が蓮人さんを好きでいればいいと思い、望んで結婚を決意したけど。
こうして神の御前で永遠の愛を誓い、欲が出てきた。
私は貴方に愛されたい、抱いて欲しい、必要として欲しいと。
これは私のわがままかな?
教えて…蓮人さん。
私が瞳を閉じると蓮人さんが唇に誓いのキスを落とした。
ほんの僅かな重なりだけど…
このキスの意味は大きい。
私達は神の前で愛を誓ったのだからーーー・・・
結局、何も出来ず挙式の日を迎えてしまった。
新会社の副社長としての仕事は山積みだったし、麻友と過ごす時間が少なったせいもある。
「…いよいよ、お前も結婚か…」
俺達家族は控室で挙式までの時間を過ごしていた。
親父はソファに座り込み煙草を吸いながらタキシード姿の俺を眺める。
母さんは唯一の孫・匠(タクミ)を抱っこ。
母さんの隣に座るのは兄嫁の美華さんが座っていた。
「新会社は順調のようだな」
「まぁーおかげさまで」
「やはり、バックボーンにあの帝和銀行を選んだのが正解だな」
「そうですね…」
「そう簡単に…会社は潰れない」
「親父…不吉なコトを言わないでくれ」
「俺よりも出世したよな…蓮人」
兄貴が俺を恨めしそうに見つめる。
「肩書きだけな」
俺は謙遜して返した。
俺は祭壇の前で、麻友の到着を待つ。
奈都也は見事な花の装飾で友人の結婚を祝福してくれた。
目の前に見える十字架。
自分の出世の為に承諾した結婚。
仮面夫婦でいいと思っていたが、俺は麻友に恋をしていた。
俺は早く…麻友のウエディングドレス姿が見たかった。
冷たい素振りを見せながらも、真っ直ぐに俺を見てくれる麻友が愛しくて愛しくて堪らない。
白い光沢のある生地のウエディングドレスに身を包んだ麻友が俺の隣に立つ。
主役の二人が揃い、挙式が始まった。
式はスムーズに進行して指輪の交換を終える。
俺と麻友は共に向かい合い誓いのキス。
考えてみれば、俺達はキスすらも交わしていない。誓いのキスが初めてのキスになる。
余りにもピュア過ぎて心の中で笑ってしまった。
冷静な顔しながらも心臓はバクバクしてどうしようもない。
俺はおそるおそる麻友のベールを上げていく。
麻友の瞳は涙で少し潤んでいた。不意に出された麻友の反則技に胸がドキッとした。
心臓に悪いぞ。
その上、身体の奥底に秘められた男の欲望が煽られていく。
俺は不謹慎な思いを抱き、瞳を閉じる麻友の顔に顔を近づけた。
―――――俺達は初めてのキスを公衆の面前で交わす。
今まで交わしたキスと違って神聖なキスで、俺の唇も全身も震えてしまった。
神を欺いた罪に怯えていたのかもしれない。