私は和香ちゃんを見送って食器の後片付けをする。
場所は違うけど、変哲のないいつもの日常を過ごしていた。
このまま、続く虚しい結婚生活に耐えられず家出したけれど…
私の頭を占めるのは蓮人さんのコトばかりだ。
『嫌いだ』と言われたが、それはテレ隠しで本当のキモチは違うと頭では判ってる。
でも、どうすれば…蓮人さんの本音を引き出せるの?
「退屈だな…」
私はソファに座っておせんべいを齧る。
自分の部屋なら色々とやるコトはあるけど。ここは和香ちゃんの部屋だ。出来るコトは限らている。
お昼のワイドショー見てても、大物芸能人とアイドルのゴシップばかり。
テレビを消して、和香ちゃんから貰った合鍵で外出した。
*********
和香ちゃん…
今夜は飲み会だし、夕食は私一人。適当に外食、デパ地下で惣菜を買ってもいいなぁ~。
蓮人さんは夕食どうするんだろう?
冷蔵庫は詰めて来たけど…
蓮人さん・・・料理作りが苦手なら、毎日コンビニ弁当になるかもしれない。
栄養が怠ってしまう。
私は、一旦マンションに舞い戻り、蓮人さんの夕食の支度をした。
私が、冷蔵庫の中に入れておいた朝食は綺麗に完食していた。
「夕食は大鍋にカレーを作っておこう…」
そうしたら、2,3日は食べれるだろう。
「カレーに添えるポテトサラダも大量に作っておこうかな?」
私は夕食の支度にとりかかった。
惚れた弱みと言うのだろうか。彼のお世話をしていると充実感で満たされる。私は好きな人に尽くすタイプのオンナなのかも。
私はカレー用の野菜を切り、熱した大鍋にクミンシードを炒める。
クミンシードは恋人の心変わりを防ぐスパイスと信じられ、中世ヨーロッパの花嫁は式の時、ドレスにクミンを忍ばせとか。
私の作るカレーは、クミンシードの他にもローリエやガラムマサラと言ったスパイスを使用する。
蓮人さんは私のカレーだけはハッキリと『美味い』と言ってくれた。
「できた…」
今夜の夕食の支度の準備を終えて、時刻は16時前ーーー・・・
外が夕陽に染まる頃、和香ちゃんの部屋に戻った。
家を出た麻友のコトがずっと気にかかっていた。
全て俺の責任。
俺が一途に尽くしてくれる麻友をぞんざいに扱ったりするから、愛想を尽かして出て行ってしまった。
居なくなって、初めて大切だと気づくなんて、遅すぎる。
今日は急用があると無理に定時で早退した。
でも、俺は何処をどう探せばいいのか?判らなかった。
夕陽に染まりかけた街角をフラフラと歩く。麻友と同じ背丈の女性を見ると麻友だと思い込んでしまい、ハッして声を掛けそうになってしまった。
俺の周囲を歩く若い女性が全員、麻友に見えて来た。
俺一体、どうしてしまったんだ?
俺の目にはきっと…向日葵の花言葉のように麻友しか見えていないんだ。
ジュエリーショップのガラス越しに見える指輪に足を止めた。
ショーウィンドーに飾られるのはやはり大きく見栄えのするダイヤ。
俺が見栄で贈ったエンゲージリングのダイヤのリングを思い出す。
麻友の誕生日プレゼントもジュエリーにしようか。ありきたりだけど、ほかに何も浮かばなかった。
俺はジュエリーショップの中に飛び込んだ。
ショーケースの中を覗き込んで、彼女に合うジュエリー探す。
「指輪をお探しですか?」
「指輪ではなくネックレスを…」
ネックレスならいつでも身に着けるコトができるが、俺の考える麻友に合うネックレスはこの店にはなかった。
俺は半分、絶望感を漂わせて踵を返そうとした。
「オーダーメイドでご希望のネックレス作れますよ」
―――――オーダーメイドか…
この世でたった一つのオリジナルジュエリーが作れるのか…
「…じゃあ…そのう…向日葵をモチーフにしたペンダントトップのネックレスを作りたいのですが…」
「…向日葵ですか…」
「はい」
女性店員が俺を店内の奥の商談スペースへと案内する。
ジュエリーショップがプロのジュエリーデザイナーに発注仕上げるオリジナルジュエリー。
デザイナーの作品のカタログを見せて貰った。
「…ご希望の石はありますか?予算は?」
「…別に…俺は何も判らないのでそちらにお任せします…予算に糸目が付けません」
見栄でも何でもない。俺はキモチに上限を付けたくなかった。
納期は約1ヵ月半。
来週の誕生日のプレゼントとしては間に合わないが、それでもいいとオーダーメイドジュエリーを注文した。
********
部屋に戻ると、散らかしたままのリビングは片付けられていて、キッチンにはカレーの匂いは漂っていた。
「麻友?」
俺は逸るキモチは抑えきれず、部屋中を隈なく回って麻友の姿を探す。
「麻友…」
麻友が戻った気配は感じられるけど、姿は何処にもなかった。
俺は力なくソファに座り込み、唇をジッと噛み締める。
麻友のカレーはスパイスのきかせた大人のカレーライス。
炊飯器のご飯もタイマーセットされていて7時に炊き上がるようになっていた。
温かいご飯にカレーをかけ、冷蔵庫の中の作り置きされたポテトサラダを取り出した。
食卓に並ぶのは全て麻友の料理なのに…
肝心な彼女の居ないなんてーーー・・・
俺は一人で食卓の椅子に座って、夕食を食べていた。
「!?」
インターホンが鳴り響いた。
俺は麻友だと思い、腰を上げる。
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「何だ…奈都也か…」
「俺じゃあ悪かったのか?」
「…別に…」
俺は歯切れ悪く返して、食卓に戻った。
「新婚家庭の雰囲気を見に来てやったのに…麻友ちゃんはどうした?」
勘の鋭い奈都也には隠しゴトしても、直ぐに嘘だと見破られてしまう。ここは正直に話した。
「…出て行っただと!?お前…何やってんだよ!!?」
奈都也は凄い剣幕で俺の胸ぐらを掴み上げる。