上の兄・達央は出来ちゃった結婚。
母さんも親父に似て嫁の美華さんを可愛がっていた。
二人とも似た者夫婦のクセに、全くそのコトに気づいていない。俺は母さんの淹れた美味しいコーヒーを飲み干して、カップをソーサーに戻す。
「俺はオフィスに戻るよ」
「ちょっと、蓮人。今度、麻友さんと4人で食事をしましょう」
「はぁ?俺は彼女の連絡先に知らないし、結婚式当日でいいだろ??」
「何を言ってるの!!蓮人貴方の栄えある門出の日でしょ!?麻友さんに全てを任せる気?」
母さんは俺を早口で捲くし立てる。母さんの逆鱗に触れるとさすがの親父も収集がつかなく、手に負えない。俺も同じだった…
昔から母さんのヒステリックな所だけは嫌いだった。
「判ったから、朝から怒るなよ…」
*********
俺はエレベーターホールに向かって歩いて行く。
全面硝子に見える薄い靄のかかった東京の摩天楼。
「おっ!?蓮人」
広報宣伝部に所属する兄貴が歩み寄って来た。
「兄貴も幹部フロアに用?」
「俺は今度の新しいCMの絵コンテを見せに…社長室に居た」
兄貴は既に部長の役職を手に入れていた。
「お前は親父に用か?」
「まぁな」
「…お前の結婚相手、妹になったらしいな」
「母さんから訊いたのか?」
「…美華のヤツの友人の友人の知り合いらしく、美華に似て巨乳らしいじゃん」
美華…彼女は兄貴の妻。
父親は530年続く華道・氷見流緑川派の家元。若い頃、家元はこの会社の営業マンとして働いていた。
「俺は胸の大きい女は嫌いなんだ。兄貴と一緒にするな」
「…お前、まだ…美華のコトを??」
目の前のエレベーターが停まり、スーッと扉が開いたが、俺は踵を返す。
「おいっ!?蓮人」
「俺は階段で下りる!!一人で乗れっ!!」
兄貴の一言で胸くそが悪くなってにべもしない態度を取って、階段の方に走った。
兄貴の女だと知って手を出した俺がいけないのかもしれないけど…
今その女・美華が俺の義理の姉として、身内である事実に目を背けていた。
過ぎた恋だけど…
俺には心の中に深い闇を作ってしまった。
あれから2週間後。
再び両家で集まった。
私は逸るキモチを抑えてその日をずーっと待っていた。
目の前に座る蓮人さんの今夜のディナーの装いも素敵です。ダークグレーの細身のスーツに爽やかなブルー系のレジメンタルストライプ柄のネクタイ。
「お前、食欲ないのか?」
「あ、いいえ…」
蓮人さんは前菜に手を付けない私を訝しげに見つめてポツリと呟く。
「人の顔をジロジロ見過ぎだ。俺だってお前の視線を感じてると食欲は失せる」
「すいません。不快な思いさせてしまって、直ぐに食べますから…」
「蓮人、麻友ちゃんが可愛いからって苛めないの…」
「俺は別に…」
「昔からウチの倅は好きな子を見ると苛める質で・・・」
相馬夫妻は私を温かく迎え入れてくれた。
「蓮人に嫌なコトをされたら、いつでも、相談しなさい。麻友さん」
「ありがとうございます。相馬会長」
「お義父さんでいいよ。麻友さん」
「貴方っ!?」
相馬夫人がジロリと会長を睨み据えた。
私が大学を卒業するのを待って挙式は半年後の6月…
6月に結婚した花嫁は生涯幸せな結婚生活を送ると言う言い伝えがある。
「不束な娘ですが、よろしくお願いします。相馬会長」
「顔を上げて下さい。安達社長、ウチの馬鹿息子共々…麻友さんを大切にします」
蓮人さんは呆れ果てたように鼻を鳴らし、プイッと顔を逸らす。
元々タイプじゃない女性と結婚させられるし…彼の胸中は複雑だと思う。
(株)『コスモ』と『ソーマ』の合併に伴い記念パーティの企画委員会を設立。
新会社の副社長に就任する俺は企画委員長に抜擢された。委員会のメンバーは合併後の新会社の総務担当やゼネラルスタッフを中心に構成されている。
まさか俺自身も新会社の副社長に就任するとは思いもよらなかった。
兄貴からはすげぇー出世だと羨ましがられたけど…
俺の肩に圧し掛かった責任感は重い。
連日、川崎の『コスモ』本社での企画会議。
俺は麻友の実家の安達本邸でお世話になっていた。
「お帰りなさい。蓮人さん」
俺がどんなに遅くても必ず玄関先で出迎える麻友。
「別に、先に寝ていればいいのに…」
「でも、仕事で疲れた旦那様を出迎えるのが妻の務めです…」
コイツはいつの時代の奥様だ?明治生まれか??
「俺の知り合いの嫁さんなんて…皆…グーグー寝てるぞ」
「私が出迎えるのは迷惑ですか?」
「…別に…」
ここは麻友の実家…邪険に扱うコトも出来ず、やんわりと返す。
「鞄、持ちます…」
「いいよ」
「持たせて下さい!!」
俺は麻友の執拗さに負けて、ブリーフケースを渡す。
「お前、メイドみたいだな…」
「よく言われます。お嬢様に見えないって…」
麻友は両手で重そうに鞄を持ちながら、俺と一緒に階段を上がっていく。
2階の奥のゲストルームを借りて宿泊していた。
「蓮人さん、先にお風呂にしますか?それとも夕食を召し上がりますか?」
俺はテレ臭そうに言う麻友を尻目に、ノートパソコンを開いて起動させる。
「夕食を食べる。部屋に持ってきてくれ」
「判りました…」
「今夜の夕食の野菜スープは私の手作りなんです。美味しいと評判でした。楽しみに待っていて下さい」
「お喋りはいいから、さっさと持って来い!!」
「はい、ただいま!!」
麻友は俺の言葉に弾かれて部屋を出て行った。
俺の嫁と言うか専属のメイドのよう。
起動したノートパソコンを操作して会社から持ち帰ったUSBをセットする。
『ソーマ』に居ても、俺は社長にはなれなかった。
俺は麻友と結婚して、新会社の副社長として就任する。
俺はモニターを見ながらネクタイを緩めた。