花菱さんが奈都也様に好意を抱いているコトは一目瞭然だった。
でも、奈都也様自身は花菱さんのコトを唯の門下生として見ていなかった。
「やっぱり…花菱さんに何か言われたんだ…」
奈都也様は私の表情で納得する。彼の憶測ではない。
確かに私は花菱さんに言われたーーー・・・
『奈都也様をその大きな胸で取り入るのは止めて欲しい』と
奈都也様は私に対して異常に優しかった。後で冷静に考えてみれば、もしかしたら奈都也様は私のコトを。
奈都也様が私のような女性に滅相もないと思っていたけど。
花菱さん達は違った。
―――――奈都也様は私に好意と抱いていると断定して、圧力をかけた。
私だって念願だった師範の免除をとって、もっと華道の道を究めたかった。
でも、花菱さん達のいびりに耐えられなかった。大きな胸にはコンプレックスを持っていたから。
「…正直、麻友ちゃんが蓮人の婚約者だって知った時、ショックだった」
「…奈都也様…私…」
「…蓮人よりも俺の方が麻友ちゃんを幸せに出来ると思うよ…」
ショーウィンドーのガラスに映る奈都也様の顔は切なげ。
「俺は麻友ちゃんがスキだから…特別扱いしていた」
彼の優しさには特別な感情があったんだ。
私の誇大妄想ではなかった。
「昨日は蓮人と麻友ちゃんの仲を取り持つようなコト言ったのに…俺がズルい男だ…」
奈都也様は自分の狡猾さを嘲笑った。
「…麻友ちゃんの肩に触れた時…胸が高鳴った…俺は今でも麻友ちゃんがスキなんだと思った」
「…言えば言うほど…切なくなるのは判ってるのに…」
奈都也様は一方的な想いに喘いでいる。でも、私は奈都也様の想いに答えるコトは出来ない。
私は私で蓮人さんに対して、一方的な想いに切なく胸が押し潰されそうだった。
私の全部を奈都也様の切ない想いが包み込み、窮地に追い詰められていく。
「…麻友ちゃんを苦しめるコトになるのに…俺は何を言っているんだろう…」
奈都也様は自嘲的に唇を結んで、ガラスに手をあてた。
私は彼のキモチにシンクロするように瞳に涙を潤ませる。
――――奈都也様の想いの応えられないけど、切ない想いは同じだと…
取引会社にへと社用車で移動していた。
俺は運転を小早川に任せ、後部座席に座り、目の前を過ぎていく車窓をぼんやりと眺める。
車窓はまるで、水に絵の具を溶け込ませたような曖昧な風景にしか見えなかった。
俺の頭の中は麻友だけーーー・・・
俺は麻友の対処法を算段していた。
「!?」
曖昧な風景の中に飛び込んで来た鮮やかな姿。
この俺に仕事を疎かにさせ、夢中にさせる愛してやまない奥サマ・麻友。
こともあろうに、麻友は奈都也と一緒に居た。
あの二人は何をしているんだ?
俺の知らない所で、麻友が男と会っているなんて…
相手が奈都也であろうと許せない。
でも、無情にも俺の乗った車は二人の脇を足早に通り過ぎていく。
このまま、車を停めて二人を待ち伏せてやりたかったが。
二人に会って、何を言えばいいのか?判らない。
そもそも、俺は何故…許せないんだ?
俺は二人の密会に苛立つ理由が判らなかった。
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「…ただいま」
俺は必死に麻友の対処法を思案していたが、奈都也との密会現場を見て、すっかり忘れてしまった。
今夜の夕食はハンバーグ。
俺の好きなデミグラスソース付。
「麻友…今日は何をしていた?」
「…何って帝都デパートに行って…食器を買いました」
麻友は目の前のハンバーグとキャベツの盛り付けられた皿を指差す。
「…奈都也も一緒だっただろ?」
「…それは…」
麻友は俺の質問に肩を竦ませて、語尾を濁らせた。
「…奈都也と一緒に帝都デパートに行ったんだろ?」
俺は奈都也も同伴だったのに、その事実を隠そうとする麻友の態度に苛立つ。
「何故?奈都也が一緒に居たコトを隠そうとするんだ?お前ら…何か俺に隠すような…疚しいコトがあるのか?」
「そ、そんな…滅相もない…」
奈都也と麻友は俺が出会う前から顔見知り。
それに、奈都也は俺にとって親友だが、同時にライバル的な存在。
何で…俺は苛々するんだ…
俺のイライラはピークに達したーーー・・・
「…蓮人さん…私と奈都也様、は蓮人さんが考えるような疚しい仲ではありません!」
「…じゃあ~どうして?]
俺を真っ直ぐに見つめる麻友の瞳はこの上なく悲しそうだった。
「どうして…貴方は私と奈都也様の仲を疑うんですか?私は蓮人さんのコトが…」
「麻友…」
麻友の今にも涙が零れそうな二つの瞳に胸が締め付けられる。
「…俺は…」
募らせていた苛立つキモチが急激に萎えていった。
「二人の姿を見ているとどうしてか…苛々してしまって…」
「自分でもどうして苛々しているのか…判らないんだ…」
俺は椅子から腰を上げて、テーブルを挟んで真向かいに立つ麻友と対峙にする。
麻友はポカーンと口を開けていた。
「もしかして…蓮人さんは…私と奈都也様に嫉妬しているんですか?」
――――嫉妬?
「お、俺が嫉妬??」
俺自身が判らなかった苛々の理由を麻友は嫉妬だと言い切った。
「…それは…違・・・」
俺は口を押え、頬を赤く染めていった。