「お前、もう帰るんだろ?」


「あ、はい」


ハッとした私は、先輩に「ありがとうございます」と綺麗に折ったジャケットを返す。


「ん」


彼は笑顔でそれを受け取ると、スッと羽織った。


「じゃあ、さっさと帰るぞ」


「え?あ、はい」


少しだけ戸惑いながらも慌ててコートを着て、先輩に促されるまま彼を追う。


「朝まで会社にいるなんて、久しぶりだったな」


「私も久しぶりでした。入社した頃以来かも」


「俺も、高瀬の教育係だった頃以来だよ」


エレベーター内の会話は他愛のないものだけど、先輩はやっぱり私を待っていてくれたのかもしれないと思えて、ついつい口元が緩んでしまいそうになる。


「モーニングでも行くか」


そんな私に掛けられた言葉に目を小さく見開けば、彼が眉を僅かに寄せて怪訝な表情を見せた。


「何だよ?予定でもあるのか?」


「いえ……、そうじゃないんですけど……」


「てか、今日暇?」


「え?」


「どうせなら遊びにでも行くか。最近、残業ばっかりだったし、息抜きしたくないか?」


更に信じられない誘いに、私は言葉を失って瞬きを繰り返した。