◇
「杏奈帰るぞー」
「はいはーい」
いつも通り、迎えに来た達郎。
ちゃんと用意しておいた鞄を掴んで立ち上がる。
マフラーに大部分を覆われた顔でちらりちらちらっと達郎を覗き見る。
うーん、普通やんね?
「なに?」
いやぁその……と言い淀んで悩む。
どうするあたし。
「今朝のこと、やねんけど、さ」
悩んだ末にそう口にした瞬間、ピクリと反応される。
あ、やっぱこれ普通装ってただけなんか。
──今朝のこと。
それは教室に入ると、あたしの席に達郎が座って、ちえと俊介と話していた時の話。
まず、ちっちゃいことやけど、あたしの席に達郎が座ってたってことに朝からドキッてした。
もうな、ドキッてすんのは反射やからどうしようもないねんけどな!
どうでもいい人が座ってたってなんもないのに、特別な人がしてただけで嬉しくてこそばゆくなる。
せやからいつもより上擦ってもた声で「おはよう」って言った。
そしたら、
「ギャーーーー!」
叫ばれた。
しかも、絶叫やで?
そのまま達郎は走って出てって、あたしらの教室には戻って来んかった。