登場人物を覚えるだけで一ヵ月かかった。

でも、知れば知るほど裕志がどれだけあのSRを大切に思っているかが分かったから、全然嫌なんかじゃなかった。

それどころか私まで、心の底からあのSRが好きだと思えるようになっていた。



裕志と一緒に、
あのSRに乗りたい。






「よし!
一緒に風に乗って海まで走るか」



あの日私と裕志は、メットにお揃いのシールを貼って雨が止むのをずっと待ってた。

初めて乗せてもらえる
裕志のバイク。

あんなにも待ちわびていた日だったのに、本当にくだらないことをしてしまった。

悔やんでも戻れない、長い付き合いが故の些細なケンカ。




「怒るなよ。ほら遥香、笑って」



そんな言葉も無視して、私は部屋を飛び出した。



私のことなんて、放っておけばよかったのに。

時間が経てば、いつものようにまた戻って来るのに……



どうして追いかけて来たんだろう。





響いたブレーキの音が
今も耳に残る。

取り返しのつかない出来事。


雨が止んでも、もうメタルグリーンの風が走ることはなかった。






今でも思い出すと呼吸が苦しくなる。

落ち着かなければいけない、そうわかっていても、呼吸はどんどん浅くなる。

バイト中にも症状が現われ、裏の倉庫で時を待つ日は少なくなかった。



おかげで笑顔どころか、表情が変わることさえなかったかもしれない。