「…帰るにしても、こんな時間だしうちまで送るから。このへん結構物騒だし、女ひとりで歩くのは危ないって」

 結構必死に言ったのだけど、詩依は首を振った。

「…何処行きたいんだよ」

 詩依はただ泣いていた。嗚咽が聞こえるほどに。…なんの事態だ、これは。

 困り果てていると、詩依がくぐもった声で何かを呟いた。

「え?何?」

 聞き取れなくて耳を寄せる。

「――…うみ」

 やっとの思いでその言葉を発した様だった。海?

「海、ってもう電車とか、たぶんないけど。俺、車とか持ってないし、…明日ならいくらでも」

 そこで言葉を切った。

 …何を言っても無駄な気がした。
 俺に車がないことくらいたぶん詩依はわかっていたし、それならどうして泣くほどの思いをしているときに来たかというと、…そばに居て欲しいってことなんじゃないのか?

 自惚れだったら相当恥ずかしいのだけど、もうどうにでもなれと思った。

「…帰りたくないなら、うち来る?その顔じゃ、どこにも行けないし。もし帰るなら」

 そこまで言うと詩依は首を振った。

 俺は黙って詩依の手をとって歩き出した。

「…うち汚いよ?」

 やや遅れてついてくる詩依に言う。後ろにいるから頷いてるのかすらわからないけれど。…小さな手はひどく冷たい。