「適当に歩いて」

 砂浜についたら、詩依はそんな風に言ってパンプスを脱いだ。鞄は肩にかけたまま。

「ほらほら、靴なんて邪魔でしょ?」

 奏も脱いで、と笑顔で詩依は言う。

 俺は渋々スニーカーを脱いで、適当に歩く。
 カメラを構えた詩依をちらちらと意識しつつ。

「顔、怖いんですけどー」

 無意識に仏頂面をしていたらしい俺に向かってカメラマンが文句を言う。

「うっせーな」

 詩依まで届くか届かないかくらいの声で言うと、

「何その言い方っ」

 わざとらしいくらい明るい口調で、詩依が追いかけてきた。
 反射的に波打ち際まで逃げる。

「冷たっ」

 ちょうど波が足元にかかって薄い色のジーンズを濡らした。

「馬鹿じゃん」

 詩依が笑う。ジーンズを捲り上げつつ背後を見ると、カメラを構えた詩依がいる。大きな黒いカメラは、小さくて細い詩依の手には余ってるように見える。

「なに見てんのー」
「別に」

 じゃあ見ねーよ、と背を向ける。目の前には海。

 南の島みたいにどこまでも透き通るほど綺麗な海ではないけれど、それでも快晴の中広がる海は綺麗だったし、潮の香りも波の音も新鮮だった。そのうち波の冷たさがだんだん心地よくなってきた。

「なーあんたも、」

 こっち来て足つけてみろよ、そう言おうと思ったけど言葉が途中でつっかえた。

 ――ふり返った先に、カメラをおろしたあまりにも無表情な詩依が居たから。