バイトは毎週水曜と土曜が休みで、今日は水曜日。講義はサボった。
『一週間後、もし天気が晴れで、永谷君に予定がないなら海に行こう。海で撮りたいの』
そんなメールが来たから、駅で水原詩依を待っている。
海までは乗り換え含め、電車で2時間程。現在時間は11時。天気は見事、快晴。朝起きてカーテンを開けて、思わずガッツポーズをしたのは秘密だ。
「お待たせ」
落ち着かない心境を周りにさとられないようにうつむいてベンチに座っていると、頭の上から声がかかった。
見上げると、白いチュニックにデニムのショートパンツを履いた、水原詩依の姿があった。肩からは黒い大きなバッグを提げている。
「あ、うん」
間の抜けた返事をして、立ち上がる。
「電車もうすぐ来るね。行こっか」
…相変わらず綺麗に笑う女だ。
小さな後姿に続いて、順番に切符を買ってちょうど来た電車に乗り込んだ。人はまばらだったが、並んで座れるスペースはなさそうだったので入り口付近に並んで立つことにする。
――隣に水原詩依がいる。
この一週間、水原詩依はコンビニに姿を現さなかった。メールもなかった。だから久しぶりに見る、気がすごくする。…水原詩依のことを考えすぎていたのかもしれない。
「――、なんていうの?」
「え?」
電車のアナウンスと重なって聞き取れず、水原詩依を見る。
「下の名前、なんていうの?」
青い目が真っ直ぐに見上げてくる。なんとなく視線を窓の外にそらしつつ、
「奏」
「カナデ?」
「演奏の奏っていう字」
「へー。綺麗な名前だね」
水原詩依はそう言って、微笑んだ。窓に映った水原詩依を盗み見つつ、内心参ったなあ、と思った。
女のペースに巻き込まれることはないタイプだと思っていたけど、どうも水原詩依相手には優位に立てそうにない。いや、別に優位に立ちたいわけではないのだけど、…調子が狂う。