私の存在など、全く認識していないらしい。自分の興味ないものは目にも入らないタイプなのだろう。人の目が何より気になる私から見ると、うらやましくさえ思える。


彼女は、階段を途中まで登り、藍人くんの後ろに立った。


「なんか用?」

振り返り、ぶっきらぼうに言う藍人くんの表情は私からは見えない。


「稀亜羅(キアラ)ねー。
桜庭くんに訊きたいことあってーー」

自分を名前で呼ぶなんて恥ずかしいことも、これくらい可愛いと許されるのだろうか。


「今ちょっと、取り込んでるんだけど」

私との会話では聞かれないハキハキとした口調に、藍人くんの別の一面を知る。


「うーん、ちょっとだけーー。
ねー、桜庭くん、夏期講習はどこの塾行ってるの?」


「行ってない」

と藍人くんが答えると、キアラ姫はくねくねと体をよじりながら

「えーー?
マジ?
余裕だね。
じゃあさーー、普段どこで勉強してるの?
ねえ、色々教えて欲しいからーー携帯番号教えてよ」

と、甘えるように言った。


お似合いの男女の会話を聞いていられず、私は何も言わず2人の横を通り階段を降りた。


「あっ、莉栖花さん!」

呼びかける藍人くんを無視するのは大人げないかなと、振り向き「ばいばい」と声には出さず、手を上げた。


キアラ姫は、初めて私を認識したらしい。くっきりとした二重の目を、更に大きく見開いた。綺麗に整えられた眉がキッと上げられ、グロスで妖しく光る唇が何か確かめるように『り・す・か』と一文字ずつ動く。

そして、彼女は何か合点がいったようにゆっくり何度もうなづきながら「ふーん」と鼻を鳴らした。


白い歯をのぞかせ薄く開かれた口から『私は知っているのよ』と音にはならない声が聞こえるような気がする。背筋に何か冷たい物が走り、私は身震いした。