「莉栖花さん!」


ゆっくりと振り返ると藍人くんはノート位の大きさの紙を両手で広げ、卒業証書の授与みたいに差し出していた。用紙が小刻みに震えているのは、持っている藍人くんのせいだ。


「あの……これ」


厳かな気持ちで賞状を受け取り見ると、その紙には『住所』『家の電話』『携帯番号』『メルアド』『ID』などなど、項目と共に明らかに藍人くんのものと思われる情報がびっちりと書かれている。


几帳面で綺麗な文字の整列に目を見張り、この紙を手渡された意味をできるだけ冷静に判断しようとするが、胸の高鳴りは止められない。


脳内で今まで活躍することがほぼなかったポジティブが、やっと出番だと張り切る。




ポ:間違いないよ。
これは100パー好意持たれてるんだよ。
疑いようがないじゃない。


応戦一方のネガティブは、珍しく弱気だ。


ネ:からかってるんじゃねーか。

ポ:なに言ってるのよ。
藍人くん、見てごらんよ。
顔赤いのはオレンジの街灯が当たってるからだけじゃないよ。
本気だよ、彼。

ネ:お前なんかになんで興味持つんだよ。
何、気に入られたと思うんだよ。

ポ:分かんないけど、そんなの人それぞれじゃん。
後々、確かめればいいよ。




脳内のポジティブとネガティブの口げんかを観戦し押し黙る私に、藍人くんはダメを押した。


「よかったら返事ください。
メールでも、通話でもいいんで」


私の返事を待たず、藍人くんは颯爽(さっそう)と自転車に乗り去って行った。「おやすみなさい」とさわやかな声を私の耳に残して。


茫然と立ち尽くす私の中で『ウィナー、ポジティブ!!』と勝利を告げるアナウンスと共に大声援が沸き起こった。ネガティブは「ぐっ」とくやしそうな声を絞り出し、「後で泣いてもしらねーからな」と捨て台詞を吐いてどこかに隠れた。




何かが、始まる。

その『何か』を予感していながら、はっきりと言葉にするのは気恥ずかしくてためらった。


道路に連なる街灯達が伝言ゲームのように噂話しているような気がして、私は逃げるように自宅へ走った。

痛く、苦しいほどのときめきを抱えたまま。