「えっ?
あの……
いや……
ええっとーーー」


私の強い口調に恐れをなしたのか、長身の1年生は頭を掻いたり、手を顔の前で大きく振ったり、キョロキョロと周囲を見回したりと、挙動不審(きょどうふしん)な動きを続けた。


これって弱い者いじめ?

良心がチクリと痛んだが、イニシアチブをとれたと錯覚も湧き上がった。相手が目線を反らしているのをいいことに、私にしては大胆にじっくりとその容姿を観察した。



正面から見るとその学生は、身長こそ私より30センチは高いが、細身で肩幅も狭く、どちらかというと華奢が身体つきをしている。

それでも袖をまくったワイシャツからのぞく二の腕は筋肉の筋がうっすら浮き出る。汗でワイシャツの張り付いた胸元とあいまって、男性らしいラインを描いていた。


顔の薄い私が喉から手が出るほど欲しいくっきりとした二重の大きな目と長いまつ毛を持ち、中性的な印象でご丁寧に鼻筋もきっちり直線を描いている。


自然な栗色の髪の毛はさらさらと音が聞こえそうなストレートで、柑橘系のさわやかな香りが漂った。


俗に言うイケメンというより、美少年という言葉の方がしっくりくる。
古いヨーロッパの映画に出ていた美少年と重なる印象さえある。



男子学生はやっぱり目線をそらしたまま、やっとの思いで単語を発した。

「あっ……あのー、過換気……過換気症候群かも……」


「かかんきしょうこうぐん?」


「さっき、できてなかったから……呼吸、上手に。
速くなりすぎて……呼吸が。
酸素が……入りすぎて……身体に…息ができなく……苦しくなる…みたいな…」


「ああ、聞いたことある。
わたしそれだったんだ。
だから、いくら呼吸しても苦しかったんだね」

と納得し、私はうなづいた。


「ゆっくり呼吸して、そういう時は。
意識して……」


「ふぅーん、さっき教えてくれたやつね」


「繰り返すから、過換気は。
精神的なストレスとかが原因のこともあって……
気をつけて……」


彼の説明に、私には心当たりがある。


「うん、ありがとう。
でもね、大丈夫。
原因は分かってるから」


彼はキョトンとした表情で、初めて私の顔を正面から見返した。


男の子に女子の人間関係の複雑さなんか説明しても分からないだろうと思い、せめて、感謝の気持ちを込めて、できうる限りの笑顔を彼に送った。