そう自分に言い聞かせ、平静を装いながら校舎を出た。帰宅を急いでいた学生達の姿はすでになく、グランドからは野球部員達のランニングに合わせた掛け声が響き渡る。
独り、タイムスリップしたようなさみしさを打ち消すように両腕を大きく前後に動かしながら足を速めた。
けれども、後ろからついてくる人の気配が消えない。ザッザッとアスファルトを擦る足音が、私の足音とシンクロするように聞こえる。
『んーーーー』
自分が持っている潜在脳力を全て出し切り、背後に神経を集中させる。しかし、後頭部に第三の目を開眼させる事はできなかった。
仕方がないので、オーソドックスな手段ではあるが、靴を履き直す振りをしてしゃがんでみた。視界の切れ間で、気配の正体を確認した。
いる。
はっきり顔は確認出来ないが、細身の黒いズボンがさっきの男子だと教える。しかも、明らかに私に合わせ立ち止まっている。
水分不足と緊張から、カラカラに乾いた口の中の唾液を寄せ集めゴクリと飲みこんだ。熱気とは別の理由でじんわりと手から汗が出る。悪意と好意の間を行き来する感情は、恐怖に終着した。
気づかぬ素振りをして立ちあがると、ゆっくり歩き出した。すると、黒ズボンの足音も動作を始めた。
少しずつ足を速める。
背後の足音も速くなる。
耐えきれず、速足をとおりこし、小走りになる。
それでも、足音は離れていかない。ディフェンスが得意な私も、痺れをきらした。
『攻撃は最大の防御だ』とワールドカップの解説者も言っていた。
「よしっ」と気合いを入れ、路地を曲がった所でピタッと立ち止まる。そして思い切って振り返った。急に立ち止った私に驚き、縮まった距離を一定の位地に戻そうと1年生の男子は数歩、後ずさった。
「あのー、なにか用事あるんでしょうか?」
人気のない住宅街に私の声が響く。
ゴミ捨て場で生ごみをあさっていたカラスの集団が、この声に驚きカーカーと鳴きながら飛び去った。