駐車場で荷物整理をする石井さんを待ち、華子さんと私は駐車場の縁石に並んで座った。


さやかさんの言う通り、北海道の夏は想像以上に暑いが、空気がカラッとしていて心地よい。病院を取り囲む白樺の木の葉を、南風が揺らす。


「ねえ、華子さん。
さやかさん、ああは言ってたけど、本当は病院戻りたくなかったんじゃないかなぁ」

さやかさんの最後の立ち姿が、脳裏から離れない。その姿が気がかりで、華子さんの訊いてみた。

華子さんは車のドアミラーに反射する日光が顔に当たり、まぶしそうに顔をしかめている。座り直せば済むだろうに、それは面倒なのか顔だけ横に向け、ぶっきらぼうに答えた。


「だからさ、そんなこと誰にも分かんないわよ。
ましてや、私達なんかに。

ううん、本人にだって分かんないのかもよ。

子リス、あんただって学校行きたくない時あるでしょ。
でもさ、行かなきゃなんないって思ってるから行くでしょうが。
だけどね、行かなきゃなんないって義務感には、行きたいって気持ちも含まれてるのよ。
潜在的にね。

気持ちなんてコインの裏と表。
どっちが裏でどっちが表かなんて、誰にも分かんないって」


そうかなー。
私は100% 学校行きたくないけど……

そう考えていると、華子さんは何か思い出したように「あっ」と小さく声を上げた。華子さんの手は何か探すかのように、いつもの茶色いバックの中を探る。


「あった。
これこれ」

バックからは現れたのは茶色い封筒。事務処理で使う、なんの色気もない封筒だ。


「忘れないうちに渡しておくね。
はい。
これ、今回のバイト代。
少ないけど、あ・た・しの気持ちだから取っといて」


封筒を受け取り、中をちらりと見ると1万円札と千円札が入っている。私を見る華子さんは、びっくりするほど穏やかな表情をしている。彼女の『あ・た・しの気持ちだから』というワードが、妙にひっかかった。


華子さんから直接お金を手渡された違和感に、一つの仮説が付いて来て、私の中で物語となった。


「華子さん。
もしかして……
もしかして、これって華子さん、自分の給料から自腹切ってるんですか?
私に色んなこと教えてあげようと思って、わざわざ呼び出してくれたんですか?」


華子さんは何も言わず照れた表情を隠すかのように横を向き、白樺林の方を見た。2人の会話を聞き、木の葉がさわさわと笑っている。


私は何か勘違いしていたのかもしれない。出会いが最悪だったから、そういう人なんだと思い込んでいたのかも……と心の底から反省がわき上がった。


「華子さん、ごめんなさい。
わたし、華子さんのこと誤解してたみたいです。
お給料、ありがとうございます。

あっ、そうだ!
今日の朝ご飯は、わたしがご馳走しますね。
約束します。
なんでも好きな物、言ってください」


何も語らず優しくほほ笑む華子さん。

彼女の頭の上に、銀のリングが光った。