すっかり蚊帳の外に出された私が大人たちの仕事ぶりを棒立ちして眺めていると、急に眠気に襲われた。思わず出たあくびをかみ殺し、まぶたに浮かんた涙を指で拭う。そんな私を、さやかさんは申し訳なさそうに見つめた。


「ごめんなさいね。
車の中でも、おしゃべりに付き合わせて」


「いえ、わたしも人とあんなに長くおしゃべりしたの久しぶりだったから、楽しかったです。
本当に。

フェリーに乗ったら眠れるし……
さやかさんも疲れましたよね。
ゆっくり、休んでくださいね」

と私が言うと、さやかさんは

「ううん、大丈夫よ。
私こそ、楽しかった。
もっと、莉栖花ちゃんとおしゃべりしていたかったな。

でも……

また会えるかもね。
しかも意外と早く。
こんな社会だし…
ねっ」

と、笑顔を作った。


美女の微笑は、それだけで謎に満ちている。しかも、彼女が言葉にしただけで、不可能なことが可能になるような、そんな予感がするのはなぜなのだろう。


一連の手続きを終えた華子さんと石井さんは私の後ろに立ち「行くよ」とせかした。別れを惜しむ間も与えてくれない。


仕事とはこういうものだと言わんばかりに、冷酷なほどあっさりと華子さんは病院を出ていく。いちいち名残り惜しんでたら、仕事終わんないよ、とでも言いたげに。



駐車場に戻る石井さん達について行きながら私は何度も振り返り、玄関前に立つ3人にくり返し頭を下げた。


深く頭を下げるさやかさんの母。

小首を傾げ、だるそうに見送る看護師。

そして、いつまでも手を振るさやかさん。


やがて、お母さんと看護師さんは病院の中に入って行ったが、さやかさんはいつまでも私達を見送っていた。



儚(ハカナ)げなさやかさんの立ち姿が少しずつ小さくなり、陽炎に揺れた。