石井さんは、ハンドルに伸ばして手を掛け猫のように背伸びをすると、振り返って到着を告げた。

「さっ、着きましたよ」


車内でずっとさやかさんと会話し、一睡もできなかった私も目を開けるのがやっとだったが、道中、熟睡していた華子さんと、興奮しおしゃべりが止まらなかったさやかさんはすっきりした顔で軽快に車を降りた。


車のハッチから荷物や自転車を降ろす石井さんを残し、3人は病院に足を運んだ。


白樺林に囲まれた白い病院は2階建てだが敷地だけは広いようで、その奥行きは正面から見てもはかりしれない。


その病院の正面玄関前に、白髪のおばあさんが立っている。そして、女性は私達を見つけると深々と頭を下げた。


ゆっくり頭を上げたその顔を見て、この人が誰なのかすぐに分かった。


目元は窪(クボ)み、口元には深い皺が刻み込まれているが、白い肌も大きな目も凛(りん)とした立ち姿も、さやかさんとうりふたつだ。



「おかあさーん」


さっきまで私に人生を教えていたさやかさんは、わがまま娘の顔になり、迷惑そうに老女を見た。


「なにも、わざわざ来なくってもいいのにー」


一方、老女も母親の顔になる。


「何言ってるのよ、さやか。
あんた、病院無断で抜け出して、どんだけみんな心配したか」


「大げさなのよ。
ちょっと、仕事で気になることがあって、心配になったから確かめに行っただけ。
先生に言ったら止められるの分かってたし……
だいたい、自分で帰ってこれるのに介護タクシーなんて頼んで」


「バカだね。
仕事の事忘れるために、わざわざこんな遠くの病院に入院したのに‥‥
全く自分のことも分かんないで、よく医者なんて務まってたわよね」


「あー、やだやだ。
お母さんと話してたら、病気悪化するわよ」


どこかで聞いたことのあるような親子喧嘩を目の当たりにし、私の前では冷静なさやかさんが母親の前では子供に戻ることが面白くてクスリと笑った。