「でも、自分で選んだ道なんでしょ」


華子さんは言い捨てた。なんの同情もしないと、意思の強さが込められている。


さやかさんは顔色一つ変えない。そんなのは派遣ナースごときのたわごと、軽蔑するように笑い、見下すような視線を華子さんに送った。


「じゃあ、あなたはどうなの?吉元さん。
医師の指示一つなければ自分の判断で動くこともできなくて、それが窮屈で病院辞めたんじゃないの?」

ふふふっと声を上げて彼女は笑い、言葉を続けた。

「でも、今だってたいして変わんないわよね。
指示表通りに動くよう、そこから逸脱(いつだつ)することがないよう厳しく管理されて。

結局みんな、おんなじ。
枠に囲まれてるのよ」


華子さんは微動だにせず、返事しない。その表情からは何を考えているのか推し量ることもできない。



さやかさんは脱いだヘルメットを自転車のハンドルに掛けると、ゆっくりと私に近づいてきた。彼女の顔が迫ってくる。


「インターネットの世界はいいわよね。
現実の人間関係と違って面倒な事が一切ない。
傷つけられそうになったらパソコンの電源を落とせばいい。
スイッチを押してそれでサヨナラ。

だから、私、入院しててもネットしてる時は自由よ。
リアルの世界よりずっと自由。
私、何にでもなれるわ」


さやかさんは私の両肩を掴んだ。その力の強さに引きずり込まれそうになる恐怖を感じ、にぎりこぶしを固めた。そして、彼女から目を離せずにいた。


さやかさんは、たたみかけるように私を誘惑する。


「私達は自由なのよ。
ネットの中ではね。
いつでも会える。
どこへでも一緒に行けるわ」



そうかもしれない。
と、頭をよぎった。


現実なんていらない。
ネットの関係があれば、淋しくなんかない。
今、現在だって、概(おおむ)ねそんなもんじゃない。
私はネットの中だけ生きてる実感を持てる。
ネットの中だけ存在を認められてる。


危うく、さやかさんに吸い込まれそうになる。魔法にでもかけられたように、私はまばたきもできなかった。

呼吸するのさえ忘れそうになった瞬間、華子さんは2人の間に割って入った。


「さっ、車に戻ろう。
石井が待ってるよ」