「ねえ、華子さん。
ちゃんと説明してください。
さやかさん、なんで居なくなったんですか?
いったい、何から逃げてるんですか?」
華子さんはわずらわしそうな顔をし、ぼそぼそと重い口を動かした。
「彼女はね。
桐生さんは……」
その時、突然流れた船内アナウンスが、華子さんの言葉を打ち消した。
『お客様にご案内いたします。
白のカローラ、お車ナンバー いの4332のお客様。
車のライトがついております。
至急、お車にお戻りください』
アナウンスを聞き、私には名案が浮かぶ。パンっと手を叩き、提案した。
「そうだ!
さやかさんをこの船内アナウンスで呼び出してもらったらどうですか?」
自分の思いつきに私は目を輝かしたが、華子さんの体からははじけ飛ぶように苛立ちが放出された。
「バカだね、本当に。
自分から出てくるわけないでしょ!
彼女は、北海道の精神科病院、無断で抜け出して東京まで逃げてきたのよ。
脱走してきたの!」
「だっ……脱走?!!
病院を…無断で抜け出してきた……」
華子さんの言葉を確かめるように、おうむ返しする。全身から、嫌な汗が止まらない。
「そっ。
私達の仕事は、家族に依頼されて、彼女を無事、元いた病院に送り届けることなんだから」
「そんなこと聞いてないもん。
じゃあ、じゃあ、船のスタッフさんにも協力してもらって捜索したらどうですか?
船内アナウンスも迷子捜しみたいに流して」
華子さんは私のTシャツの襟元をギュっと握って顔を近づけた。その顔は全身で攻撃するように、傾きながらじりじりと迫ってきた。
「桐生さんは、メンタル弱くって、病気になったから入院してたんだよ。
大げさになって、追い詰められたら何するか分かんないでしょうが。
分かってるのかい?
ここがどこか。
ここはね、海の上なんだよ」
「そんな怖いこと言わないでくださいよーー」
泣き顔になった私の心は、不安でいっぱいだった。
パッと手を離すと華子さんは私の背中を思いっきり叩き、言い放った。
「とりあえず、石井には甲板を見回らせてるし、さっき会話した感じでも、最悪の行動はしないと思うから。
フェリーから出ちゃったらもう見つかんないよ。
ここにいるうちに見つけなきゃ。
ほら、到着まであと30分。
ギリギリまで探すよ」