そんなさやかさんが急に切羽詰まったような表情を作り、言葉を放った。
「あっ、トイレ。
トイレ行きたいな」
この個室には洗面台はあるがトイレはない。トイレは部屋を出て、船中心部に戻った途中にある。
目を離すなって言われたけど、まっ、一緒に行くなら問題ないよね、と立ち上がった。
「じゃ、一緒に行きましょう」
******
深夜のフェリーは灯りこそ、こうこうと照らされているが、物音ひとつせず不気味だ。
乗客はそれぞれ乗船料に見合った場所で休息をとり、下船後の行動に備えている。船員は安全な走行の為に、自分たちの任務を全うしているのだろう。廊下を歩く人は全く見られない。
男性トイレと向かい合わせにある女性用トイレは学校のトイレみたいでなんの色気もない。白いタイルで覆われた壁も、クリーム色のコンクリートの床も、衛生面と予算重視だと見て取れた。
4つの個室の一番手前にさやかさんは入っていった。
私は、さやかさんが入ったトイレの個室前に立ち、じっと待つ。なんだかいやらしい感じもするが、華子さんから言われた任務を放棄するわけにもいかない。せめてもと、誰も見てはいないが、背中を向けた。
華子さんが戻れば、足音で分かるはず。耳を澄ましたが、その気配はまだない。
「やだー、トイレットペーパーないわ。
ねえ、莉栖花ちゃん。
トイレットペーパー取ってちょうだい」
さやかさんが、かわいらしい声を個室の中から出した。
「えっ?あ、はい」
私はくるくると周囲を見回したが、目に入る場所にトイレットペーパーは見当たらなかった。
「あっれー、隣にあるかなー」
と口にし、隣の個室にすごすごと入っていった。
そこにも予備はなく、ホルダーから取れるかと下からのぞきこんでみる。
すると………
バタンッ。
隣の個室のドアが閉まる音。
パタパタパタ‥‥‥
遠ざかっていく足音。
耳に入った音の意味を理解できず、一瞬立ち尽くした。なにが起きたのかは分からない。でも、胸騒ぎがする。
すうっーと大きく息を吸うとその息を留めたまま移動し、さやかさんの入っていた個室を見た。
そこは、もぬけの殻。
ええ?
どういう事?
部屋に独りで戻ったの?
そんなわけないよね。
トイレを出て、素早く左右を見回したが、さやかさんの姿はどこにもなかった。サーと血の気が引いていく。
そこへ、ビールを手にした華子さんが小走りで戻ってきた。
「華子さん、大変。
さやかさんが……」
私の青ざめた顔を見て、全ての察しがついたのだろう。華子さんは私の背中を押して、命じた。
「子リス、あんたはそっち方面探して。
あたしは石井を呼んで、こっち側一帯探すから」