「明日のことなんだけどね」
と、華子さんは勝手に話を進める。


「明日?なんの事ですか?」


「福島に行く仕事よ。
明日、明後日って二日間。
言ってなかったっけ?」


「初めて聞きました。
だって連絡来たの、これが最初ですから」


「あー、そうだったー?
まっ、いいや。
とにかくね、明日、朝10時にこの前の精神科病院ね」


華子さんの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりには、ほとほと閉口する。私は大人の対応で無難に断ろうと、言葉を選んだ。


「あっ、すいません。
明日はお父さんの仕事の手伝いが………」


「明日、明後日は空いてるって多部さんから聞いてる。
じゃ、絶対遅刻するんじゃないよ」


「えっ?あのー」


ツー・ツー・ツー


暴君は言いたいことだけ言うと、勝手に会話を終わらせた。


チェッ、お父さんに確認済みだったか。
と、心の中で舌打ちした。


実は私は現在、失業状態。

夏休みに入った当初は、お父さんの仕事を手伝っていた。しかし、役に立たないどころか足手まといになると早々に察知したしく、3日目の夜「明日からは手伝いはいらない」と解雇通知を突き付けられた。私にとっては幸運だったはずだが、親に見捨てられたようでちょっぴりダメージを負ったのだった。


それにしても、この前の精神科病院って……



私の脳裏に、ロングヘアの美女が映し出された。



もしかして、あの美女と一緒かな。
でも、福島に行くのに宿泊する?



「福島って東京から高速道路使ったら、そんなにかかんないよね」


「そうだね。
普通に走っても4時間位じゃないかな」


自分の独り言への返事に驚き振り返ると、後ろに藍人くんが寄り添うように立っていた。私と目線が合うと、自分から近づいきたくせに藍人くんは2人の距離の近さに驚き数歩後ずさった。


「ふっ‥‥、福島行くの?」


藍人くんの声は上滑り、動揺している。


「あっ、うん。
バイトでね。
明日、朝から行くんだけど、そしたら日帰りできるよね。
なんで二日間必要なんだろう」


首を傾げ考えてみたものの、華子さんの大雑把(おおざっぱ)な説明ではちっとも謎は解けない。しかし、私は今、もっと大きな問題を抱えている……ような……


「あーーーー!!!」


私の突発的な大声に、藍人くんは電流でも流れたかのようにビクッとした。


「大変だ。
わたし、私服2着しか持ってない。
着替えの服、どうしよう」

これは現状、私の最重要課題だ。言うが早いか自転車に飛び乗り、私は自宅へ向い全力でこぎ出した。


藍人くんに、別れの挨拶もせず。



200メールほど来たろか。

信号にひっかかり、ふと振り返って古本屋を見た。


小さくなった藍人くんがポツンと立っている。


その大きな瞳が私を見ている気がして、胸の奥でキュンと音がした。