聞き覚えのあるこもった声に顔を上げて見ると、太陽を背負い細身のシルエットが少しだけ屈(カガ)み私を見下ろしている。逆光ではっきり見えない。両目を手の甲で何度も擦りもう一度見た。
それは、終業式の帰り道、私を助けてくれた……
確か……
「さくら……」
「藍人です」
なんで、名前だけ言うの?
「あっ、ああ‥‥藍人くん。
こっ、こん…ちは」
と、私は間の抜けた声でしゃんとしない挨拶をする。
彼は太陽光から私をガードしてくれるだけで、顔を反らし目線を合わせようとしなかった。
「……」
「……」
二人の間に、無意味な沈黙が流れる。
そうだよね。ここで気のきく子なら『家、この辺なんだー』とか『部活とかないの?』とか差しさわりの無い話題で会話が続くのだろう。そう自分の性格を呪ってはみたものの、今さら変えられるはずもないことも重々承知している。
立ちあがるとお尻の砂を手でほろい、
「じゃ」
と、日本人が使うもっとも短い別れの挨拶をしてから店へ入った。
エアコンの効いた店内は天国。何時間居座っても嫌な顔一つしない店員さんは天使にも見えてくる。
夏休み中の店内は中高生を中心に混雑していたが、マンガの立ち読みをしている人がほとんどで、話声はほぼ聞かれない。
ざっと店内を見回すと、買う予定はないがとりあえずCD売り場へ向かった。
すると、藍人くんが付いて来る。付いて来るなんてうぬぼれるな、と声が聞こえ、気づかぬふり。
けれども、意識しないではいられない。本当に見たいヲタク系のコーナーを避けメジャーなCDの前で足を止める。真剣にCDを選ぶポーズをきめるが、全神経は横に立つ藍人くんに集中した。
藍人くんは、偶然か必然が読み切れない距離を保っている。ちらちら、こちらを見ているような気配がするが、目が合いそうで怖くてこちらからは見れない。
そんな私の頭に一つの疑問がよみがえった。
『藍人くんはなぜ私の名前を知っていたのか』