ところが、私が勝利を満喫(まんきつ)する間も与えず、華子さんはメガネをかけなおすと、射抜くような視線をこちらに向けた。


「……と、言うとでも思ったの?」


華子さんの声は一瞬にしてガラガラ声に戻っている。

私の目はまんまると皿のようになる。そして、心の中で「へっ?」と間抜けにつぶやくと口は開けられたまま石こうのように固まった。


「笑わせるんじゃないわよ。
何が『私の勝ち』よ」


耳をふさぎたくなるほどの憎々しい声を出すと、華子さんはすっくと立ち上がった。仁王立ちして腰に手を当てる。更に、これでもかと言わんばかりに体を反らした。


「結局は子リス、あんたはなんにもしてないでしょうが。

あんたはねー、自分でどんぐり一つ見つけ出せなくて、どっかのリスが埋めたどんぐりほじくり返してる非力な子リスじゃない。

くやしいって叫んでなんとかなるなら、あのお笑いコンビだってもうちょっと売れたわよ!!!」


私の思考は数秒間停止し、あんぐりと口を開けたまま瞬きもせず華子さんの顔を見ていた。この悪魔の言葉が、大脳で処理できない。


どんな形であれゲームはクリアできているとか、埋められたドングリ見つけるのだって技がいるとか、言いたい事は山ほどあるが、何を言っても負け犬の遠吠えに聞こえる。いや、勝者は私なのに。


しかし、反論するすきさえ与えない迫力が彼女にはある。



私は細かく何度も頭(カブリ)を振ると、辛うじて自分を取り戻せた。くるっと後ろを向いて歩き出した私の両足は、自然と力が入る。


病院の廊下を行き交う人達は私に恐れをなしたのか、避けるように距離を取っていた。



腹立つ!
腹立つ!
腹立つ!

最悪だ!!

私の高校最後の夏休み。

お金はないし、お父さんの仕事は手伝わなきゃなんないし、口の悪い変なナースには捕まっちゃうし………


人生最悪の夏休みが始まる予感に、怒りを通り越し絶望感さえ感じる。



でも……
と、もう1人の私がつぶやいた。


何かが変わかもよ。

何かって何?

私が?

私、変われるの?


私……
変わりたいの?