「おい、華子。
大変そうだな」


振り向くと、さっきまで病棟にいた総一郎師長が仁王立ちしていた。


「なによ、総一郎。
まだ、なんか用事あるの?」


華子さんは立ちあがり、目いっぱい猫背を伸ばしながら総一郎さんの前に立った。


「だいたいさ、人の心配より……」


そう言いかけた華子さんの手首を掴み、総一郎さんはぐっと引き寄せた。

予想外の動きに対応できず、前につんのめる華子さん。そして、危うく総一郎さんの胸に顔を埋めそうになった。

じっと見つめ合う2人に、数秒の時が流れる。


「総一郎。
あんた………」

華子さんの頬はほんのり染まる。


しかし、総一郎師長は片方の口角だけ上げ意地悪く笑い、手を離すと

「へー、お前でも動揺するんだな。脈が速いし、瞳孔も開いてる」

と心底、嬉しそうにニヤついた。


「まったく、これだから医療従事者は嫌いだよ」


華子さんは掴まれた手を、パタパタと上下に振った。照れていた自分を、消し飛ばすように。


「お前の個人情報がネットに流れてるぞ。
ご丁寧にフルネームで、住んでる区まで書いてあるぜ。
お前さ、看護学校時代、医学部生と付き合ってたんだってな」


古い友人の言葉に、華子さんは口をとがらせた。


「冗談じゃないわよ。
あれは向こうが勝手に……

なんでそんなこと分かったのさ。
あーあー、あたしの名前で検索してるのかい?
そんなにあたしの事、気になるのかぁ」


「バカ言うな。
ここの病院の名前がネットに出てるって聞いたからググったら、お前が以前働いてた職場だってここの病院の名前が。

すごいよな。
そのうちお前のまとめサイトか、ウキペティアができるんじゃねーか」


「なによ、それ。
まったく、たまんないよね。

これがさ、芸能人なら有名税だってあきらめもつくんだろうけど、あたし達一般人にとっちゃ所得もないのに税金だけ払わされるようなもんだね」


華子さんはできるだけ平静を装おうと取りつくろっていたが、普段は決して見せない動揺が私にも伝わるようだった。