総一郎さんは片眉を上げ、いぶかし気な表情をした。


「副作用?
血圧変動、呼吸抑制……

でも、今までここで使ってたってそんな副作用は見られてなかったんだし、そうならないように量も調整していたわけだから。

せいぜいあったとしても眠気位で……
それだって、苦痛の緩和を考えたら逆にいい作用で、副作用といえるかどうか………
……あっ……」


何か気づいたのか、総一郎師長は「あっ」と口を開けたまま何も言えなくなった。そんな総一郎さんを見る華子さんの表情は、嫌味なほど柔らかい。そして口調は、人の道を問う尼さんのようだ。


「あんたもあたしも独身でさ、もちろん子供もいないから親の気持ちなんて分かんないけど。
でも、想像することはできるよね。

自分の子供の結婚式だよ。
1秒たりとも寝ていたくない、一瞬でも見逃したくないって思うもんなんじゃないかね。
健康状態を考えたら、最後までいるのは無理だって分かってたしね」


伏し目がちにほほ笑む華子さんは、チャペルにいたマリア像にさえ見える。

けれども、偽マリア様は一瞬にして派遣ナース、吉元華子に戻った。


「ねえ、あんたもさ、こんなコンクリートの中で毎日毎日、数値ばっかり見てさ、出た数字に見合った指示通り動いて……
機械みたいにね。
そんなんだから、人の気持ちって大切な物が分かんなくなるんじゃないのかね。病院で働いてると、そうなっちゃうのかね。
あー、やだ、やだ。

そうそう。
やっぱり3色ボールペンもらっとこうかね。
大切なとこには赤線引いとかなきゃね。
人にキ・モ・チとかね」


さぞかし、痛快なのだろう。
華子さんは病院を振動させりほどの高笑いを上げた。対する総一郎さんの顔は、みるみる赤くなったが。


バキッ。

あっ、総一郎さん、3色ボールペン……折った。