車内は、大人達の思い出話で花盛りとなっていた。パソコンも携帯電話も持っていなかったなんて石器時代の苦労話に、全く共感できない。そんな青春トークは「でも、あの頃はよかったなー」と決め台詞で締めくくられるのが常だ。何がどう良かったのか……正直、興味もないが。
首を左に回し、窓の外を見た。
すると、なにやら違和感を感じる。それがなんなのかは、分からない。
あれ?
「ねえ、石井さん。
車の進み、なんか遅くないですか?
渋滞ですか?」
並走して走る車が、石井さんの介護タクシーに幅寄せしている。異常なほど接近しているが、特別危険な感じがしない。
車の速度が遅いからだ。車は流れてはいるが、結婚式場へ向かっていた時とは打って変わって明らかに流れが悪い。
会話に夢中で気づかなかった石井さんも
「そうだねー。なんか流れ悪いね」
とやっと気づいたにようだ。
事故でもあったかと、スマホを取り出す。あらゆる手段で調べたが、そんな情報は少しも見当たらない。
対向車線は、普通どおりに車が流れている。
幅寄せする赤いセダンは、後部座席の窓ガラスにスモークが貼られていた。暗い窓越しに、うっすらと人影が浮かび上がる。なぜだか気になり、その人物に目を凝らしたが、人の動きが確認できるだけで男性か女性かさえ分からない。
その時、スモークガラスが3分の1ほど下げられた。そして、開いた窓の合間から何かが光る。その意味は皆目見当もつかない。
ただ、なぜだかすごく嫌な予感がする。身の毛のよだつ思いほどに。
そんな渋滞もどきは5、6分で解消された。
隣のセダンは、左折しどこかに消えて行った。
前の車両も何事も無かったように、制限速度を軽く上回りながら走り去っていく。
それは、ごく些細なトラブルだった。事実、車は何事も無かったかのように、病院を目指し、大人たちはそれぞれの任務を全うしようと持ち場に帰った。運転手である石井さんも気にもしていないようだ。
けれども、私の心には何か引っかかる。私達が、あるいは私が、大きなトラブルの波に飲み込まれていくような、そんな気がする。
被害妄想なら、それで良いのだけれど。