見つめ合う2人の呼吸が、同時に止まる。

私は液体窒素に放り込まれたように指先までカチンカチンに凍り、身動き一つできなくなった。


止めている呼吸の苦しさを感じないのは、時間が止まっているからなのだろうか。現実とは思えない異様な感覚は、無重力を彷徨(さまよ)っているのに似ている。ふわりと浮かぶ体と心がどこかに飛んで行きそうになった瞬間、ピッピッピッとアラーム音が私を地上に呼び戻した。



「ちょっと、大川さん!!
ちゃんと呼吸してくださいよ」

華子さんの叱られ、大川さんは慌てて深呼吸し始めた。


「いやー、すいません。
なんか息するの忘れちゃって」

と、大川さんは照れ笑いする。


「分かりますよ。
僕も呼吸、止めちゃったもの」

と、石井さん。


「しっかりしてちょうだいよ。
こんな話くらいで」


呆れる華子さんに、石井さんは突っ込んだ。


「吉元さんだって、息止めてたじゃないですか。
いやーー、俺もこんな時あったなー。
こんなピュアな頃、思い出しますねー」


高校生男女の存在を忘れ、大人達は青春トークを繰り広げだした。当然、私達はおいてけぼりだ。すると、藍人くんが何か言いたげに私を見つめた。その実直なまでの瞳は、私に告白の最後を伝えたいと願っている。


『分かったよ』と言葉にはせずほほ笑むと、藍人くんもホッとしたように微笑み返した。





ポケットの中に何かがある。
生温かい何かが。

何?
と、取り出すと……それは……あの時、なくした物?

あっ、見つかった。
藍人くんが隠したと逆恨みしていた心の一部は、こんな所にあったんだ。

ポケットを探り取り出すと、優しく両手で包み込んだ。

いつから、隠れていたのだろう。なくしたとあきらめていた捜し物は、こんなに近くにあったのだ。

しばしの間、私の体から離れていたとは思えないほど、捜し物は温かく、拍動するかのように大きさを変えている。その息づかいさえも、聞こえそうだ。

そうか。
誰も隠してなど、いなかったんだ。

心はあの時からこの場所をすみかにして、居眠りしていただけなんだ。

『お前はただ独りで右往左往し、自演していただけだったんだよ』と、心の一部はつぶやいた。そして、何事も無かったように、また居眠りを始めたのだった。