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建物の中では、2人の門出を祝福する至福の儀式が滞りなく行われているようだった。
大川さんを引き連れた一行はその儀式に水を差さないよう細心の注意を払い、気づかれないように帰り支度を始めた。
石井さんを呼び、正面玄関前に乗りつけたワゴン車に向かう。大川さんの車いすが安全に車内に固定されたのを確認し、私も乗車しようと助手席のドアを開けた。
後部座席のドアに手を掛けていた華子さんが何かに気づき、私の腕を肘でつついた。
「えっ?」
と、華子さんの顔を見た私は、そのまま華子さんがアゴで指す方に視線を移した。
黒い人影が葬儀場側の玄関から徐々に近づいて来る。その姿が全速力で走って来る藍人くんだと気づき、私の体は硬直した。
藍人くんは全身を揺らしてはぁはぁと呼吸し、首筋にまで汗を光らせる。その呼吸はなかなか整わず言葉を発することはできない。出発を焦る私は「帰ったらラインするから」と告げて、車に乗ろうとした。
「まっ……待って……
待って……ください。
話を……話聞い……てくださ……い」
途切れ途切れの呼吸の合間にやっとで伝えられた藍人くんの気持ちが、私に「今バイト中だから後でね」というまっとうな返事を躊躇(ちゅうちょ)させた。
汗のにじむ額(ひたい)は、決意で満ちている。というよりも、身体中が今話すんだという決意で凝り固まっている。
立ちつくす若い男女に、横に立つ華子さんが声をかけた。
「ねえ、話があんならさ、車内でしたら。
ほら、そこの男子。
車に乗って」
その声は、意外にも苛立ちや怒りは感じさせない。むしろ、面白がっているようにさえ聞こえる。
「いや、そんな。
だってこれタクシーなんだから、そんな関係ない人乗せたりできませんよね」
反対して欲しくて、運転席に座る石井さんに尋ねたが、なぜだか石井さんも
「いや、別にかまわないよ」
とニヤニヤ笑っている。
最後の砦(とりで)大川さんなんて尋ねてもいないのに
「ほら、三列目のシートに2人で座って話すればいいじゃない」
なんて顔を赤らめて言う。
そんな大人達のアクションに、藍人くんは
「ありがとうございます」
とお礼を言い、私の気持ちに構わず、最後部座席に乗り込んだ。
ドアの前に立ち動けずにいる私を、華子さんは早く後ろに乗れてとせかした。
私が口を尖らせて乗り込むと、大川さんはにっこり笑い
「今日で世界は終わるんだから、話きいてあげなさい」
と優しくささやいた。