式が終わると参列者は、大川さん以外の家族も含めて、披露宴会場に移動した。列席者は、和やかな会食をしているらしい。さきほどの茶番劇どころか、大川さんの存在さえ、記憶にもないのだろう。
借りていた衣装を返し大川さんが待つ家族控え室時に戻ると、華子さんが聴診器を耳につけ大川さんの胸の音を聴いていた。そして聴診器を耳から外すと、大川さんの衣服を整えながら静かに尋ねた。
「大川さん、これからどうします?
そろそろ、きついんじゃないですか?」
ふっと短く息を吹き自分の胸をさすりながらゆっくりと目を閉じる大川さんに、心残りは感じない。
「分かるかい?
そうさなー、とりあえず仕事は終わったし。
そりゃ一生ってわけにはいかないかもしれないが、一瞬だとしても幸せだといえる瞬間を見れたしな。
うん、これ以上ここにいても心配かけるだけだろう。
病院に戻るとするか」
華子さんは何も言わずうなづくと、自分の幼子を見るように穏やかにほほ笑んだ。
「じゃ、出発前に薬飲みましょうか。
飲み水もらってきますね」
そう言い華子さんが部屋を出ると、そこには制服姿の女子高生と車いすに横たわる患者が残された。
大川さんの患(わずら)う病気の苦痛がどれほどのものなのかは、私には計り知れない。それでも、現在の医療で使える最も強い薬を使っているのだから、その痛みは相当なものなのだろう。声を出すのもやっとだろうに、気まずい雰囲気にならないよう気を遣い、大川さんは私に話しかけてくれた。
「えーっと、名前は……」
大川さんに負担をかけまいとせめてもの気遣いで、私は座っていた椅子を寄せ顔を近づけた。
「多部 莉栖花です」
「そうそう、莉栖花ちゃん。
莉栖花ちゃんはいくつだい?」
「歳ですか?
18になりました」
「そうか、一番いい年齢だな。
何もかもキラキラ見えるだろう」
「そんな事全然ないです。
私、非リア充だし」
と私が言うと、大川さんは
「ヒリア銃?
なんかの武器かい?」
と不思議そうな顔をした。
「いえ、えっと……
あんまり友達とかいなくって、ネト中……インターネットばっかりやってて。
現実の人付き合いは苦手なんです。
ううん、分かってるんです。
これじゃいけないって。
大人の言うことはもっともだと思うんですけど。
でも、なんかこう、人の目とか気にしちゃって疲れちゃうんですよね」
暗い話をプラマイ0にする力はない私の愛想笑いを、大川さんは真剣な顔でじっと見つめていた。そして、その顔が父親の表情になった。