「で?
大川さん。
一体、どうしたいんですか?
結婚式に出たくないんならタクシー呼びますよ。
別にバージンロードはお父さんがいなくったって歩けるんだしね」

と華子さんが尋ねると、少年の目になった大川さんは

「そうさなー」

と照れたように頭をかき、遠くを見た。


「まあ、人生なんて、心残り、言いだせばきりがないさ。
あの時こうしておけばよかった。ああ言えばよかったなんて無数にある。
特に子育てなんて後悔の連続だよ。
だからこそ、最後にみんなの前で教えたかったんだ。
これから家庭を作る娘に、結婚とはなんなのか。
幸せな家庭とはなんなのかをね」


「そのために出発前から機嫌も体調も最悪だって必死に誇示して、ご苦労さまでした。
まあ、大失敗でしたがね」

華子さんの顔には『同情の余地なし』と書かれている。


「まったくだ」

現実を全て受け入れ、肯定する大川さん。そんな哀れな敗者を前に華子さんは不敵な笑みを浮かべ、語り出した。


「まっ、よろしかったんじゃないですか。
そりゃあ、あんな歯ごたえも味もないエノキダケみたいな男に娘を預けるのが心配だという気持ち、分からなくもありませんが、まあ、一生に一度の結婚式だとも限りませんし、永遠の愛なんて幻なんだって現実はたった今、身をもって教えられたじゃありませんか。

独身の私が子育てをどうこう言える立場でもありませんが、人生経験の豊富な私から見たらお宅のお嬢様、この結婚が失敗だったとして、独りでもちゃんと生きていけるくらいたくましくお育ちになってますよ。

もし、今後なにかありましたら、独りでも楽しく生きていける方法を伝授しに行きますので、その際は、エンゼルプランニングにご要望ください」


華子さんのなんの慰めにもならない言葉に少し心が軽くなったのか、大川さんは「そりゃあ、心強いなー」と言った。その声は、何かふっきれたようにすっきりとしている。


そして、意を決したように口元に力を込めた。


「さっ、看護師さん。
チャペルに行きましょうか。
式場の時間も決まってるし、お客さんをあんまり待たせるわけにもいかんしね」