「まあとにかく、今すぐ移動するのはお身体にも負担がかかりますし、今酸素濃度のマックスまで上げたのでもう少し様子を見て……
血圧も呼吸状態も今すぐどうこうという状態では……」


華子さんの医療従事者を誇示する説明を、渋い低音がさえぎった。


「慶介」

華子さんに集中していた視線は、一斉に声の主、大川さんに集中した。その表情はさっきまでとは別人だ。眉間のしわは跡形もなく消され、実に穏やかな表情になっている。


「父さん!!」


大川さんに名前を呼ばれたのは、華子さんに迫っていたタキシードの男性。私の予想通り花嫁さんのお兄さんだったらしい。お兄さんはすぐさま跪(ひざまづ)き、大川さんの手を両手で包むと、愛おしそうになでた。


ああこんなドラマのシーン見たことある。でも、今時こんな展開じゃ視聴率は取れないぞ、と冷めた心が嫌味を言う。


「父さん!!
意識戻ったんですか?
看護師さん。
父さんは……父は大丈夫なんですか?」


慶介さんは真剣なのだろう。すがるような目で、華子さんを見上げた。
その目に応えるように、華子さんは大川さんの手首を慶介さんから奪い取るようにして掴んだ。


「うーん、まあ……
脈は弱いですけどね」

本当に脈を測っているのか疑いたくなるほどすぐに、華子さんは言った。


このドラマ、役者は個性派ぞろいでまあまあだが、脚本が悪い。ついさっき『血圧も呼吸状態も問題ない』って言ってたじゃない。


突っ込みどころ満載の三流ドラマは続く。周囲からはすすり泣く効果音も聞かれてきた。


はいっ、ここで大川さんのアップ。

「慶介、母さんのこと頼んだぞ」


趣味でカリス姫の映像を作っている私は、ついカメラアングルを気にしてしまう。


はいっ、ターンして慶介さんのアップ。

「父さん。
大丈夫だから、俺に任せて」


ここで涙……は出ませんね。


それでも演技ではない表情で、慶介さんは父親を見つめた。そのリアリティがシーンに臨場感をこめる。

ここで終えればまずまずのホームドラマだったろうに、大川さんには何か心残りがあったらしい。アドリブで慶介さんに耳を寄せるよう、顔でアクションした。内緒話をしているかのように。


「慶介。
寝室の棚の上。あそこにミカンの段ボール箱があるんだ。
そこに紙袋に入ったDVDがあるから、それは何も見ずに捨ててくれ。
頼んだぞ」


蚊の鳴くような大川さんの声はすすり泣きで周囲の人には聞こえなかったようだが、冷静な私の耳には届いた。


それって何のDVDなんですか?