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控え室の前には人だかりができていた。


フォーマルなウエアーに身を包んだ人々の集合体。今日の主役達を祝おうと集まったお客様方であることは私にも容易にわかった。


その人々の塊に入って行くのを一瞬ためらったが、意を決し核に挑んだ。人々を掻き分け突き進む。すると、その核こそ大川さん本人であることがやっと分かった。



「お父さん、しっかりして。
目を開けてよ。
お願い、お父さん」


「あなたー。
しっかりして。
今日は麻美の結婚式なんですよ。
晴れ姿、しっかり見てください」


リクライニング式の車いすに横たわり微動だにしない大川さんを挟み、黒留袖を着た奥様と花嫁が泣き崩れている。そのただならぬ雰囲気に、私も顔の色を失った。


車いすの傍らには、お葬式の参列みたいに神妙な顔の華子さんがうつむいている。


いや、そんな縁起でもない顔してないで看護師なんだからなにか手立てを打って!と、心の中で叫んでいたら、私と同感だった男性が華子さんに迫った。


「看護師さん、どうしたらいいんですか?
救急車とか呼んだらいいんじゃないですか?」


タキシード姿もビシッと決まった30歳位の男性は、この必死さから推察するに、花嫁さんのお兄さんだろう。


「看護師さん!!」

お兄さんににじり寄られ、華子さんは重い口を開いた。


「大川さんは病気が病気ですし、病院といたしまいてもとれるだけの対処は行っておりますので………
この場合、無理して動かさず様子を見るのが最善の策かと……

幸い、本日はお日柄も良く、ご親族様をお集まりですしねー。
皆様に見送られながら、安らかに旅立たれるというのも、お幸せなのではないかと……」


さすが、ベテランナース!!なんて言っていいものだろうか?
否(いな)‼



華子さんのディープでシリアスな発言にいち早く反応したのは、ご家族ではなく式場スタッフだった。スーツを着た中年の男性が取り囲んでいた親族を押しのけて華子さんに詰め寄った。男性の顔には『冗談じゃないよ』と書かれ、その口調から必死さが伝わった。


「ちょっと待ってくださいよ!
旅立たれるって、ここでですか?
ここで看取るとでも言うんですか?」


「なにか問題でも?」

と華子さんはにべも無い。


「問題って……
当たり前じゃないですか!
ここは結婚式場ですよ。
おめでたい席なんですよ!」

と、当然スタッフも引き下がらない。


「はあ、じゃあそっちの建物に移動しましょうか?」

体を少し傾げ、華子さんは藍人くん達がいるだろう建物を指差した。


「いや、あっちは葬儀場ですから、それはそれで問題が……」

男性は急な展開に冷静さを失い、あっぷあっぷしている。



けれども、華子さんとの付き合いが半月以上になった私は、茶番劇の空気を読んだ。