それにしてもこんな偶然のセッティング、全く切望していないのに……と、チャペルからのぞくイエスキリストと、葬儀場に鎮座(ちんざ)する仏様を恨んだ。
2人の間に気まずい空気が流れる。そりゃ、あんな事のあった後なのだから『いやー、元気だった?』なんて、言えるわけもない。
ここに偶然居合わせた理由がお互い確認できれば、後に続く言葉なんて見つからず、2人は押し黙るしかなかった。
いや、本当は分かっている。
謝罪の言葉を口にしなければ、ならないことは。
でも、素直に言うことができない。
ご都合主義の私に、いっそこの前の事はなかったことにならないのか、なんて考えまで浮かんでしまう。
「じゃあ、バイト中だから」
『今さら何を言い訳しても取り返しがつかない』あるいは『これでいいんだ』と自分自身に言い聞かせ、私は踵を返した。
「待って!!」
藍人くんに、ぎゅっと掴まれた手首が痛い。
その痛さに、振り返る事さえためらった。
「会いたくて。
本当に会いたくて。
言い訳したいとか、気持ちを正直に伝えたいとか、そんなんじゃなくって……
単純に会いたかったんです。
莉栖花さんに」
藍人くんの言葉に、私の胸は熱くなる。つながる手首から、藍人くんの体温も上昇していることを感じ取る。藍人くんを見ることはまだできないが、離れて行こうと向かっていた足の力を少しだけ緩めてみた。
ネットに帰ったはずのカリス姫が、私の中に舞い降りる。ここで振り返れば、私はリアルでもカリス姫になり、藍人くんと対等に会話できるのでは………なんて妄想でしかないのだろうか。
でも、今なら……
美容師さんがかけてくれた魔法がまだ効力を残している今なら、そんな妄想も現実にできるのかも。
私は、ゆっくりと首を後ろに回した。
すると……
「お父さん!!
お父さん、しっかりして。
ねえ、お父さん!!」
目指していた家族控え室の方向から女性の泣き叫ぶ声が聞こえ、声のする方へ向きなおした。その声に私は自分の任務を思い出す。
「ごめん、藍人くん。
私、今、バイト中だから」
藍人くんの手を振りほどき、私は再度、目的地を目指した。
不器用に走る私の耳に、藍人くんの言葉が届く。
「バイト終わったら、会ってください。
どこでも行くから。
何時でもいいから、連絡ください!!」