「分かるー。
手に入らないと思うと余計に欲しくなるよね。
だからさ、この前出たDVDはすぐ申し込んだの。
でもねー、限定A版しか買えなかった。
今、金欠だし……」
と、泣き顔を作ってみせる私。
それを見て、眉を八の字のしながら彼女も同意した。
「だよね。
そんなになんでも買えないよね。
他にも欲しい物あるし。
私はね、B版。
ねえ、じゃあさ、私の貸してあげる。
代わりにA版貸してよ。
交換しよ」
初対面とは思えない馴れ馴れしさに、なんの不快感も感じない。それどころか、彼女の提案が私のテンションを上げた。
「いいの?
うわー、うれしい」
「私、そこの病室に入院してるの。
あっ、そうそう、名前ね。
名前は望月 実悠(モチヅキ ミユウ)。
みゅーって呼んで」
「私……多部 莉栖花。
そうだ、アドレス……
イテテテテテッ」
ポシェットからスマホを取り出そうとすると、耳に激痛が走った。荷物の受け取りを終えた華子さんがワゴンを押しながら戻り、私の耳を引っ張っていたのだ。
「行くよ、子リス。
油売ってないで、このカート押しな」
と、華子さんは荷物が山のように乗ったカートを私の前に置いた。
「ちょっと待ってよ、華子さん。
うーんと……み……みゅー?
そうだ!
明日、明日来るね、ここに。
絶対、絶対来るから。
DVD持ってくるから。
約束ね。
ねっ」
私を待つなんて愛情を、華子さんが持ち合わせているわけがない。スタスタと病室に入る華子さんを尻目に、私は手を振りながらみゅーに何度も念を押した。
みゅーの満面の笑顔に、私の心が踊る。リアルで新しい繋がりが作れる予感で、すき間だらけの私の心が満ちていくようだ。何度も振り返りみゅーの存在を確かめながら、華子さんの後ろを追いかけ、ワゴンを押した。
大川さんはタキシードに着替え、リクライニング式の車いすを出来得る限り背もたれを倒し、横たわっていた。その表情は相変わらず晴れやかではない。
その一方で私は明日の事を想像し、あからさまに浮足立っていた。そんな私の内心を察知し、華子さんは釘で突き刺した。
「子リス。
今日の仕事は責任重大なんだからね。
ふわふわしてたら、ぶんなぐるよ」
「はっ、はい」
華子さんの厳しい言葉はいつも通りだが、口調は鉛のように重い。私はみゅーとの約束を一旦、記憶の棚にしまい仕事に集中した。