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「はーなこさん。
ほらっ、機嫌直して。
患者さんに挨拶するんだから、ねっ。

今日の患者さんは……えーと、大川さん?
大川さんだって、お嬢さんの結婚式で喜んでるんでしょう。
おめでたい席なんだから、そんな顔しないで。
ねっ」


おもちゃを取り上げられた幼稚園児をあやすように、私は華子さんのご機嫌を必死でとった。

今日の仕事の対象者は、2人いるらしい。


さすがの華子さんも、仕事中という認識は捨てていなかった。大川さんの病室に向かいながら、一歩ずつ成長し、ぎりぎり社会人と言える顔まで戻した。笑顔を作らないのはパーソナルの問題なので、そこは目をつぶろう。



けれども病室に入ると、娘の結婚式に狂喜乱舞しているに違いないと思っていた私の考えが、全くの的外れだったことが分かった。


苦虫を噛んだような顔の華子さんの前には、苦虫を茶碗一杯食べたような顔の大川さんがいた。酸素が流れている事を示すぼこぼこという空気音が、2人の間に流れる。その酸素を鼻に付けられたチューブから吸い、大川さんはじっとベットに臥床(がしょう)していた。



「エンゼルプランニングの吉元です。今日はよろしくお願いいたします」

軽く頭を下げる華子さん。


大川さんの健康的ではない茶色い肌の色が、一段とくすむ。そして眉間のしわは更に深くなった。大川さんはチラリと華子さんに視線を送り、ぶっきらぼうに尋ねた。


「エンゼルプランニング?
葬儀屋か?」


「いえ、葬儀屋ではございません。
必要ありませんよ、まだ。

看護師の派遣会社です。
そちらから紹介されて来ました。
今日は一日付き添わせていただきます」


華子さんは素知らぬ顔で言ってのけた。


『まだ……』って華子さん、ブラックすぎるわ、と冷汗が出る。